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高松高等裁判所 昭和53年(行コ)4号 判決

判決

〈編注、原判決引用箇所に( )で付記したのは、本誌三六二号の頁、段、行を示す〉

判決目次

主文

事実

第一 当事者の求めた裁判

第二 当事者の主張及び証拠関係

一 原判決の引用

二 原判決の補正

三 控訴人らの主張

(原判決の誤りについて)

1 安全審査の手続についての誤り

2 本件許可処分を裁量処分としたことの誤り

3 立証責任論適用の誤り

4 事実整理の誤り

5 平常時被曝についての誤り

6 燃料の危険についての誤り

7 蒸気発生器についての誤り

8 原子炉圧力容器及び一次冷却系配管の危険についての誤り

9 ECCSの有効性についての誤り

10 立地選定に伴う危険についての誤り

11 災害評価についての誤り

(TMI事故について)

1 事故の発生

2 事故の経過

3 事故と本件許可処分の違法性

四 被控訴人の主張

(原告適格について)

1 原子炉設置許可の法的性格と第三者の原告適格

2 原子炉等規制法の規制構造と第三者の原告適格

3 原子炉設置許可の効果と第三者の原告適格

4 原子炉等規制法二四条一項四号等の保護法益

5 原告適格の存在とその主張、立証の程度

(本件訴訟の審理の在り方――本件許可処分の裁量処分性について)

1 専門技術的裁量の意義

2 本件訴訟における審理の在り方

(安全審査について)

1 安全審査の位置付け

2 安全審査の対象

3 安全審査の在り方

4 審査基準

(TMI事故について)

1 序

2 事故の経過の概要

3 事故の決定的要因

4 本件原子炉においてはTMI事故のような事象は起こらないことについて

五 当審における証拠関係

理由

第一 本件許可処分の存在及び原告適格について

一 原判決の引用

二 原判決の補正

三 原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益等について

第二 本件許可処分における手続の違法性の主張について

一 原判決の引用

二 原判決の補正

三 本件許可手続の適法性の主張立証について

四 違憲の主張について

第三 原子炉設置の安全性に関する司法審査の範囲について

第四 平常時被曝の危険性について

一 原判決の引用

《略語例》

行訴法 行政事件訴訟法

設置法 原子力委員会及び原子力安全委員会設置法(旧名称原子力委員会設置法。ただし、本件許可処分がなされた昭和四七年一一月当時のものであり、このことは以下の法令等についても同じ。)

設置法施行令 右設置法施行令(旧名称原子力委員会設置法施行令)

原子炉等規制法 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律

規制法施行令 右法律施行令

原子炉規則 原子炉の設置、運転等に関する規則

許容被曝線量等を定める件 原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、許容被曝線量等を定める件(科学技術庁告示)

審査会運営規程 原子炉安全専門審査会運営規程

立地審査指針 原子炉立地審査指針およびその適用に関する判断のめやすについて(委員会決定)

気象手引 原子炉安全解析のための気象手引について(右同)

安全設計審査指針 軽水炉についての安全設計に関する審査指針について(右同)

ECCS安全評価指針 軽水炉型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針について(右同)

線量目標値評価指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について(右同)

ECCS暫定指針 非常用炉心冷却設備(ECCS)の安全評価指針について(右同)

委員会 原子力委員会

安全審査会 原子炉安全専門審査会

ICRP 国際放射線防護委員会

ECCS 非常用(緊急)炉心冷却設備

LOCA 一次冷却材(水)喪失事故

TMI事故 昭和五四年三月二八日米国ペンシルバニア州のスリーマイルアイランド原子力発電所二号炉において発生した炉心損傷事故

TMI発電所 右発電所

TMI二号炉 右二号炉

なお、成立(原本の存在を含む。)に争いのない書証についてはその旨の説示を省略する。

二 原判決の補正

三 本件原子炉の放射性物質の放出管理における安全性について

第五 事故防止対策について

一 原判決の引用

二 原判決の補正

三 本件原子炉における使用燃料及び一次冷却材圧力バウンダリの健全性について

四 本件原子炉の自然的立地条件適合性について

第六 事故対策について

一 原判決の引用

二 原判決の補正

三 本件原子炉において使用されるECCSの有効性について

第七 本件許可処分の違法性の問題について

第八 TMI事故について

第九 結語

控訴人

川口寛之

〈外二五名〉

右〈番号〉の控訴人ら訴訟代理人

岡田義雄

奥津亘

崎間昌一郎

佐々木斉

田原睦夫

中元視暉輔

分銅一臣

本田陸士

新谷勇人

井門忠士

石川寛俊

浦功

熊野勝之

里見和夫

柴田信夫

菅充行

仲田隆明

畑村悦雄

平松耕吉

藤原周

藤原充子

三野秀富

藤田一良

右〈番号〉の控訴人ら訴訟復代理人

兼〈番号〉の控訴人ら訴訟代理人

井上英昭

田中泰雄

菊池逸雄

水島昇

右〈番号〉の控訴人ら訴訟復代理人

松岡泰洪

内閣総理大臣訴訟承継人

被控訴人

通商産業大臣

村田敬次郎

右訴訟代理人

高津幸一

右指定代理人

大島崇志

〈外一八名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の被承継人内閣総理大臣が昭和四七年一一月二九日四国電力株式会社に対してなした伊方発電所の原子炉設置許可処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。なお、被控訴人は、控訴人らは原告適格を有しない旨の被控訴人の本案前の抗弁を排斥し本案の判断をした原判決が違法であるとして、当裁判所が職権で原判決を取り消し控訴人らの本件訴えを却下するよう求め、職権発動を促した。

第二  当事者の主張及び証拠関係

一  原判決の引用

この第二の点は、次の二のとおり補正し、三ないし五のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

二  原判決の補正

原判決Bb一ページ六行目の「二八日」を「二九日」と、Bb四六ページ九行目及びBf一〇一ページ五行目の各「一一日」を「一二日」と、Bk四二ページ三行目から四行目にかけての「認める」を「争う」とそれぞれ改める。

三  控訴人らの主張

(原判決の誤りについて)

1 安全審査の手続についての誤り

(一) 控訴人らは、本件安全審査の手続について、安全審査会における部会任せの審査、安全審査会及び部会への代理出席、安全審査会の定足数割れ会合、A・Bグループ分けによる部会審査、一人しか出席しないグループ会合、部会会合への多数欠席、部会議事録の不存在、現地調査の杜撰、就任前の調査委員の審査関与、部会の通産省技術顧問会との合同審査等々、多くの瑕疵があることを指摘したが、原判決は、違法であるとは即断し難いなどとして、手続の違法を認めなかつた。しかし、控訴人らが指摘した諸点は、いずれも明らかな事実であり、手続の瑕疵と目されるものであるから、それにもかかわらず手続が適法であるというためには、手続の適法性につき立証責任を負う被控訴人からそれ相当の立証がなされることが必要であるというべきところ、被控訴人は、右の諸点からもたらされている手続の公正の疑惑を解消するほどの立証をしていないので、手続は違法と判断されるべきである。

(二) 原判決は、原子力基本法、原子炉等規制法が違憲であるとの控訴人らの主張をことごとく排斥したが、少なくとも、次の二点については、明らかに失当である。①原子力発電所の設置は控訴人ら周辺住民の生命身体の安全に関する基本的人権を侵害するものであり、原子炉設置許可処分は控訴人ら周辺住民に被害の受忍を強要するものであるから、その設置には控訴人ら周辺住民の同意が不可欠である。したがつて、その同意の規定を欠く原子炉等規制法を合憲とすることは、憲法前文、一一条、一三条、九七条、九八条に違反する。このことは、生命身体の安全よりはるかに低次元の権利である所有権についてさえ、「第三者に対し、告知・弁解・防禦の機会を与えないで、第三者の所有物を没収する旨を定めている関税法一一八条一項によつて没収することは、憲法三一条、二九条に違反する。」とされている(最高裁昭和三七年一一月二八日判決・刑集一六巻一一号一五九ページ)ことからも明白である。②原子力発電所の設置は、右のとおり控訴人ら周辺住民に義務を課し権利を制限するものであるところ、義務の内容は唯一の立法機関である国会の制定する法律によつて定められなければならないから、法律の委任を欠く告示(許容被曝線量等を定める件)によつて定められた許容被曝線量を有効とすることは、憲法四一条、七三条、国家行政組織法一三条に違反する。

(三) なお、原判決は、憲法や控訴人らの主張立証を無視し、行政側である被控訴人の根拠のない主張に追随したもので、裁判官が良心に従つて職権を行使したものとはいえないから、憲法七六条三項に違反するというべく、取消しを免れない。

2 本件許可処分を裁量処分としたことの誤り

(一) 原判決は、原子炉の安全性の判断が、高度の科学的・専門的知識を要し、かつ、被控訴人の高度の政策的判断と密接に関連する、ということを理由に、本件許可処分を裁量処分であるとしている。

しかし、原子炉設置許可処分をなすに当たつて政策的判断を要することがあるとしても、それは、安全性が確認された上で更に許可するかしないかの点についてであるにすぎない。国民の生命、身体等に対する危険の有無は政策的判断になじまない。本件訴訟においては、安全性が確認されていることを前提にしての許可不許可の政策的判断の当否を問題としているのではなく、政策的判断を加える以前の段階である安全性の有無が問題とされているのである。原子炉設置許可処分のうち政策的判断事項については自由裁量が認められても、安全性の有無の判断には自由裁量の余地はない筈である。原判決が、安全性の有無の判断をも、専門的知識を要するから自由裁量であるとしているのは、誤りである。以下に、その理由を敷衍する。

専門技術的知識を要するから自由裁量であるとの論旨には何ら実質的根拠がない。すなわち、確かに原子炉の安全性の判断には高度の科学的・専門的知識を必要とするが、科学的・専門的知識は行政の独占物ではない。我が国のみならず、世界中の科学者が真二つに分かれて論争している問題について、政府から選任されて安全審査をした科学者らの見解が何故に反対意見の科学者の判断よりも尊重されるべきなのか、その根拠は何ら存しない。行政の専門技術性といいかえてみても、それが政策的判断の必要を意味するのではない限り、やはり何故に尊重されるべきなのかの根拠に乏しい。

また、専門技術的判断といわれているものの実体を本件に即して吟味すると、原判決の専門技術的裁量論の不合理性は明らかである。すなわち、原判決は、「安全審査は、申請者の提出する資料に基づいて、当該原子炉の安全性確保のための申請者の設計及び考え方につき、それらが適切であるか否かを確認するという形のものになる。したがつて、原子炉の安全審査において、原子力委員会又は安全審査会自らが資料を収集し、調査研究した上で、その安全性を確認しなければならないものではない。」としているが、こういうことでは専門技術的知識の独占は主張し得ない。原判決のいうところを要約すれば、専門技術的裁量は結局申請者(電力会社)のそれということになるのであり、しかも、安全審査会及びその部会の安全審査のやり方は、代理出席や部会の一人出席などから明らかなように、きわめて杜撰なものであつて、とても専門技術性を主張し得るような実体を備えていない。

更に、本件がもし内閣総理大臣を被告とする行政訴訟ではなく、電力会社を被告とする差止訴訟であつた場合、安全性に関する証拠として裁判所に提出される資料は本件におけるとほとんど同じになる筈であり、したがつて、裁判所が直面する困難も本件におけるとほとんど同じになる筈であるが、それにもかかわらず、裁判所は安全性の判断をせざるを得ないであろうし、従来裁判所はこれをしてきた(例えば公害・薬害訴訟)のである。行政訴訟の場合に限つて、裁判所が専門技術的分野に立ち入ろうとしないのは、司法に課せられた役割を怠るものであり、行政の聖域を不当に拡大せしめるものである。

(二) 原判決は、専門技術的事項が自由裁量事項であることを当然のこととし、何故に自由裁量事項とされるのかについて説示していない。従来、専門技術的裁量を認めた場合として引用される判決例があることは事実であるが、それらは政策的裁量のケースであつて、本件の参考にはならず、また訴訟で争われている問題が高度の科学技術的論争にかかわるものであつても、それが国民の生命、健康の安全に影響を有する限り、裁判所がはじめから実体審理を回避・制限することは許されないのであつて、原子炉の安全性も、専門的評価は含むにせよ、裁量問題とはいえず、事実問題と考えられる。

原子力発電所による周辺住民に対する深刻な危害は、なによりもまず防止されることが先決であり、住民の安全が他の公益と置き換えられたり、行政の便宜的な裁量の対象とされることは許されない。国民の生命身体等の安全は、原子炉等規制法二四条一項の規定をまつまでもなく、憲法或は自然法上、最大の尊重を受けるべき法的権利であるから、行政固有の領域における裁量問題には属しない。

(三) 被控訴人は、専門技術的事項が自由裁量に属するという論拠として、専門技術的事項についての裁判所の判断能力が行政庁のそれに及ばないことを挙げている。しかし、行政処分の適否は、処分が法に適合しているか否かということ、すなわち、あくまで法に対する関係において、客観的に定められるべきものであつて、処分の適否と裁判所の実質的な判断能力との間には何の関係もない。また、行政側は、専門技術的事項については、科学技術者等の専門家による諮問機関を設けるなどして、複雑多様化する現代社会に適応すべく、体制を強化整備しているが、専門家の意見を徴するとはいつても、行政処分(行政判断)自体は、本来の行政官がすることであり、本件についていえば、原子炉設置許可処分は、安全性についての非専門家である内閣総理大臣が、行政官の判断として行うものである。のみならず、原子炉設置許可処分の要件である安全性は、究極の科学的真実としての安全性を意味するものではなく、法的価値判断としての安全性にほかならないのであつて、内閣総理大臣自身、原子力発電をめぐる激しい論争に対し科学的決着をつけて許可処分をしたわけではない筈である。したがつて、右の論拠は失当である。

(四) 以上のように、専門技術的裁量論は、実際的根拠を欠く空虚な議論であり、また、民主国家の基本原理に照らしても到底容認し難い議論である。原判決が本件許可処分を裁量処分であるとした論旨は必ずしも明確でないが、もし自由裁量処分であるとの趣旨であれば、重大な誤りであるといわねばならない。

3 立証責任論適用の誤り

(一) 原判決が公平の見地から立証責任を被控訴人に負わせたことは正当であるが、被控訴人の立証すべき事項を「原子炉が安全であること」ではなく、「安全であると判断したことに相当性があること」とし、結局、行政の判断過程を尊重しそれに不合理な点がないかどうかを事後審的に審査するにとどめていることは不当である。かかる審査方法は、裁量処分であるということの帰結であろうが、裁量処分論が失当であることは前記のとおりであつて、被控訴人は、原子炉が安全であること(原子炉等規制法二四条一項四号の要件事実)を立証すべきである。

(二) また、原判決は、慎重な専門技術的審査によつて一定の基準に適合していると認めるときでなければ原子炉設置許可処分はなし得ないとし、裁量行為に対して厳格な制約を課しているから、基準適合性の判断が相当性を有しているとの立証は、かなり厳格になされる必要がある。ところが、原判決の安全性に関する実体判断では、右の裁量権制約の法理を事実上取り払つてしまい、ほとんど無限定的な自由裁量を容認し、その結果、立証責任を控訴人らに負担させている。その例は次のとおりである。①控訴人らは、気体廃棄物による被曝評価を行う上で、気体廃棄物の拡散及び希釈の態様を把握するためには、現地における発煙実験に基づくデータによらなければ信頼できる結論が得られない、と主張したが、原判決は、現地実験をする必要性がないとの被控訴人の主張に沿う証拠はないのに、本件敷地においては右の必要性は存在しなかつたと判断し、慎重なものとは到底いえない審査を容認している。②原判決は、許容被曝線量の危険性に関しいわゆるしきい値(これ以下では障害が発生しない線量)の有無について賛否両論があることを認めた上で、しきい値は存在しないと考えるのが望ましいとしておきながら、「電力の供給その他の公共の必要があることから、その危険性の証明があつた線量の最低値よりも更に数十分の一低い線量の限度を、許容被ばく線量として定めることは、望ましくはないにしても、違法の問題は生じない。」と結論し、行政庁の判断を採用している。③被控訴人は、ECCSがLOCA時に有効に機能するかどうかの審査に当たつて、燃料被覆管破損割合が十分小さいこと、が基準の一つとして定立されていたと主張したが、本件原子炉のメーカーであるウエスチングハウス社などによれば、LOCA時には約七〇パーセントの被覆管が破裂すると考えられており、被控訴人申請の証人三島良績(この問題の唯一の専門家として本件安全審査に当たつた委員)も、多い場合は約四〇パーセントの被覆管が破裂すると証言しているので、右の基準を満たしているとは到底いえないのに、原判決は、何らの根拠も示さず三島証人の証言等を採用できないとして排斥している。④ECCSの有効性は、実物実験はもとより、小型化した実験でも確かめられておらず、LOCAについては、正に発生する物理現象自体の把握が不十分であり、その現象をコンピューターの計算によつて予測することはできないし、計算に保守性があるかどうかを確認することも困難であるから、ECCSの有効性には大きな疑問があるのに、原判決は、被控訴人の主張を採用し、現実を総合的に評価し得る解析コードが作成され妥当性があるとの評価を得ているなどして、解析コード(計算)に基づくECCSの有効性を肯定している。

(三) 以上のように、原判決が被控訴人の立証事項を「原子炉が安全であると判断したことに相当性のあること」としたのは誤りであり、これを暫く措くとしても、原判決は、裁量権制約の法理を標傍し立証責任を被控訴人に負わせるとしながら、実体判断においては全く逆転して、裁量権制約の法理をほとんど空洞化し、立証責任を控訴人らに負担せしめ或は立証なくして被控訴人の主張を採用している。

4 事実整理の誤り

本件訴訟においては、本件許可処分の適法性の主張責任が被控訴人にあるから、控訴人らは、請求原因としては、本件許可処分の存在のみを主張すればよく、これに対し被控訴人が適法性を基礎づける事実を主張し、更にこれに対して控訴人らが答弁ないし反論をするという順序となる。しかるに、原判決の事実摘示は、控訴人らの請求原因に、右の答弁ないし反論に当たる具体的主張をも取り組み、これに対する認否反論という形で被控訴人の主張を掲記し、あたかも本件許可処分の違法性について控訴人らに主張責任があるかのようになつている。これは、単に双方の主張を前後して記載したという形式だけのことではなく、事実認定において不当に控訴人らを窮地に立たせ、反面、被控訴人を優位に置くという根本的な問題につながる問題であり、実際には、控訴人らに原子力発電所の危険性の主張立証責任を負わせるという不当な結果を招いているのである。

5 平常時被曝についての誤り

(一) 原判決の放射線による障害に関する認定、動植物実験に関する認定、スターングラス博士やスチュワート博士ら著名な学者の調査報告に関する認定によれば、放射線量と生物体の障害との間には直線的な比例関係があり、いかなる微量といえども放射線は人類に悪影響を及ぼすものであつて、しきい値は存在しないという結論になる筈であり、原判決自身、動植物について低線量、微量域における放射線被曝の影響が判明している旨判示している。しかるに、原判決は、動植物実験のデータをそのまま直ちに人間に適用することはできず、調査報告等もデータの取り方等に問題点があるなどとして、右と反対の結論に至つている。これは、科学的真理を無視したもので、論理矛盾というほかない。

(二) 原判決は、人類について低線量域における放射線障害発生率を倍加線量の考え方によつて算出することは困難である、と判断しているが、倍加線量は、自然突然変異率に等しいだけの突然変異を起こすのに必要な線量、すなわち、突然変異率を二倍に高めるのに必要な線量をいい、動植物実験では一定の線量を照射したときの突然変異率の増加割合から単位線量当たりの突然変異率を求めることができるが、人類ではこの方法が使えないため、人類の単位線量当たりの突然変異率を推定する方法として、医学、遺伝学上確立された知見であり、科学的常識というべきものであるから、右の判断は常識はずれというほかない。また、原判決は、BEIR報告(アメリカ科学アカデミーの電離放射線の生物効果に関する諮問委員会の「低線量電離放射線被曝集団に対する影響」と題する報告)を排斥しているが、同報告は、アメリカ国民が年間平均0.17レムの放射線に被曝した場合には、当世代において毎年最大一万五〇〇〇人のガンによる死者が、次世代において毎年最大一八〇〇件の重大な遺伝病がそれぞれ出るなどを推定したもので、最も信頼できるとされているから、右の排斥も常識はずれというべきである。

(三) いかに微量といえども放射線に被曝すれば、それに応じた放射線障害、とりわけ、晩発性ないし遺伝的障害によつて、国民は生命、健康を保持するという基本的人権を侵害されるので、許容被曝線量を定めることは許されず、それは零とするほかないのであるが、百歩譲つて、放射線障害の可能性と公共の必要とを比較衡量するという立場に立つたとしても、立法機関、行政機関が許容被曝線量を定めることによつて右の基本的人権が制約されることの合理性が明らかにされねばならない。しかるに、原判決は、立法又は行政機関において、電力の供給その他の公共の必要があることから、危険性の証明があつた線量の最低値よりも更に数十分の一の低い線量の限度を、許容被曝線量として定めることは、望ましくはないとしても、違法の問題は生じない、と抽象的に述べ、いわば結論のみを説示して許容被曝線量の定めを是認しており、なお、右の最低値については何ら明示するところがない。また、原判決が、許容被曝線量等を定める件二条所定の年間0.5レムを、危険性の証明のない線量であると断定していることも不当である。

(四) 原判決は、本件安全審査において固体廃棄物の最終処分の方法が審査されていないことを違法であるとしながら、固体廃棄物の貯蔵、保管の審査がなされその安全性が確認されたこと、その最終処分については現在国が検討中であることを理由に、右審査の欠如は、直ちに控訴人らを危険にさらすものではないから、本件許可処分を取り消すべき瑕疵とはいえないとしているが、これは前後矛盾した不当な判断である。また、原判決は、使用済燃料の最終処分についても、右と類似の誤つた判断をしており、かつ、その最終処分ということの意味を誤解して、不当にも使用済燃料の輸送、再処理の安全性を審査の対象外であるとしている。

(五) 控訴人らは、全身被曝線量について、ICRPが勧告するように、ガンマ線とベータ線とを区別することなくこれらを合わせ考えるべきである旨主張したところ、原判決は、ICRPが右のような勧告をしたことを認めるに足りる証拠はないと判示した。しかし、ICRPの勧告は、放射線がガンマ線かベータ線で、かつ、ベータ線のエネルギーが一〇〇万電子ボルトに等しいかそれよりも大きいときは決定臓器を全身としているのであつて、この点からみれば、同勧告が、全身被曝線量を評価するに当たつてガンマ線とベータ線を合わせ考えるべきものとしていることは明らかであるから、右判示は誤りである。

(六) 控訴人らは、液体廃棄物による外部被曝は内部被曝の一〇倍にも及ぶ旨主張し、被控訴人が外部被曝は内部被曝に比べて著しく小さいからあえて評価するまでもなかつた旨主張していることの不当を指摘したところ、原判決は、控訴人らの右主張に沿う証人久米三四郎の証言、再処理工場から海水中に放出される液体中に含まれる放射能による外部被曝が内部被曝の約六倍と予想されている旨の甲第一四五号証を無視し、被控訴人の右主張を容れ、控訴人らの主張を排斥した。しかし、甲第一四五号証によれば、液体廃棄物による外部被曝(年間8.3ミリレム)は内部被曝(年間1.4ミリレム)の五倍にもなり、更に本件原子力発電所から放出される液体廃棄物のうち外部被曝に寄与するガンマ線の成分は、再処理工場のそれに比して二倍になるので、外部被曝は内部被曝の一〇倍に及ぶから、原判決の右判断は誤つている。また、原判決は、美浜原子力発電所前面海域から採取されたホンダワラから一グラム当たり0.2ピコキュリーに及ぶコバルト六〇が検出されたことについて、本件の参考にならない旨判示しているが、この点も不当である。

(七) 原判決は、控訴人らが本件原子力発電所内に作業者として立ち入ることの蓋然性がある旨主張していないので、作業者被曝の問題は控訴人らの具体的利益にかかわらないから、控訴人らは作業者被曝についての安全審査が欠如していることを主張すべき利益を有しない、としている。しかし、既に原審で主張したように、作業者の相当部分が原子力発電所周辺地の者であるから、その作業者が原子力発電所に出入りし被曝することによつて、控訴人らを含む周辺住民に大きな遺伝的影響を与えることは自明の理であるし、地域の状況等からして、控訴人ら自身はともかく、その妻、兄弟等の親族が作業者として応募し原子力発電所内に立ち入らざるを得ない蓋然性があり、そうなれば、右影響の度合いはより大きいものとなるから、原判決の右判断は誤りである。

6 燃料の危険についての誤り

(一) 原判決は、本件原子炉の炉心設計でホットチャンネル係数を2.67としたことは相当であり、DNB比が1.3以上であればよいなどとして、炉心設計の健全性を認めているが、これは、既に原審でも主張したように、根拠薄弱なものである。

(二) LOCA時に炉心溶融を防止するためには、LOCA時の全期間にわたつて炉心が冷却可能な形状になければならず、したがつて、燃料被覆管がLOCA時にどういう状態を呈するかの解析が重要であり、その解析の一つに燃料被覆管の破裂の問題がある。この点について、控訴人らは、米国原子力委員会の公聴会で明らかにされた資料により、原子炉メーカーであるバブコック・ウイルコックス社が、LOCA発生の約1.3秒後に炉心の七〇パーセント以上が破裂すると予測していること、同じくウエスチングハウス社も、ブローダウン期間で二五パーセント、再冠水期の終わりまでに七〇パーセントが破裂すると評価していることを立証し(甲第一三七号証)、被控訴人申請の証人三島良績でさえ、多くて約四〇パーセントの破裂がある旨証言した。これによれば、LOCA時に燃料被覆管が著しく破損することはない旨の被控訴人の主張は失当として排斥されるべき筈である。ところが、原判決は、特段の理由も示さず、右書証及び証言を採用し難いとし、不当にも右主張を容れている。

(三) 燃料被覆管の材料であるジルコニゥムは、摂氏一二〇〇度を超えると激しく反応するので、被覆管の最高温度を摂氏一二〇〇度以下におさえることが、安全審査会でのECCSの安全評価の基準とされていた。そして、燃料被覆管の内面酸化は、被覆管の最高温度を上昇せしめる重要な要素であるため、被覆管外面に対する内面の酸化割合をどのくらいと評価して計算するかが、重大な審査事項となる。これについて、控訴人らは、日本原子力研究所のデータ(甲第八〇号証)により、内面酸化は外面の二倍くらいと評価するのが妥当であることを、また、右データを踏まえて四国電力の提出した参考資料(甲第七九号証)を解析することにより、内面酸化割合を半分である一とするだけで既に燃料被覆管は溶融する結果となることをそれぞれ立証した。しかるに、原判決は、甲第八〇号証は燃料被覆管の内外面の酸化量を示しているにすぎないとして、あたかも内面酸化割合が内外面の酸化量とは関係がないように判示しているほか、内面酸化の割合を一より小さいものと考えるのが妥当であり、本件安全審査では内面酸化割合を一として計算した結果、燃料被覆管の最高温度は基準値の摂氏一二〇〇度を超えなかつたなどと判示しているが、これらは根拠薄弱ないしは証拠に基づかないものである。

(四) 原判決は、本件安全審査においてLOCA時に燃料被覆管に掛かる各種の応力の影響に関しても審査がなされたように判示しているが、証拠に照らすと、そういう事実は認められない。

(五) 控訴人らは、燃料棒が曲がつて制御棒案内管を押し曲げることにより制御棒の操作が不可能となる事態の発生する可能性があること、LOCA時においては燃料被覆管は相変態によつて破断するおそれがあることを指摘したが、原判決は、これらを認めるに足りないとしている。しかし、右の可能性ないしおそれについては、それが存在しないことの立証責任が被控訴人にあるから、右判断は不当である。

7 蒸気発生器についての誤り

(一) 被控訴人は、本件原子炉において使用される蒸気発生器の安全審査に際し昭和四七年六月一三日発生した美浜原子力発電所の蒸気発生器細管の損傷事故を考慮した旨主張し、原判決はこれを認定したが、右の審査が行われた昭和四七年六月二六日は、同事故のわずか一三日後で、事故の原因、態様は全く不明であつたから、右主張、認定は誤りである。

(二) 原判決は、一三項目の事実を認定し、その結果、本件原子炉の蒸気発生器細管は、化学的腐蝕、各種の応力に対する配慮、構造上の配慮がなされていて、その健全性が維持されるよう設計上の余裕が置かれている、としているが、根拠らしい根拠のない判断である。唯一の根拠らしいものといえば、乙第一五〇号証の三菱重工業株式会社が実施した蒸気発生器細管破壊試験の結果くらいのものであるが、これは、新品の細管を供試体にしていること、減肉の形態を機械加工や放電加工により模擬していること、減肉率が七〇パーセントにすぎない細管を対象としていることからして、現実の減肉細管(美浜の細管損傷では九〇パーセント以上の減肉を起こしていた。)の状態を十分反映しているものではないので、実際に蒸気発生器細管に損傷が生じた場合にその安全性が確保されることを裏付けるものとはいえない。

(三) 原判決は、水処理を揮発性物質処理法(AVT法)に改めることのみによつて蒸気発生器細管の損傷を防げるものではない旨の控訴人らの主張を排斥した。しかし、二次冷却水処理法として最初からAVT法を採用していた原子炉及びりん酸ソーダを使用する方法からこれを使用しないAVT法に切り替えた原子炉のいずれにおいても細管損傷が発生しているから、AVT法を採用している本件原子炉においても細管損傷は避けられないというべきである。

(四) 原判決は、証人川野真治が、本件原子炉の過電流探傷装置(蒸気発生器細管の破損の有無を検知する装置)は精度が悪く、しかも同装置による点検は定期検査時にしか行われないので、同装置によつては細管の健全性は何ら保証されない旨証言したのに、何らの理由を示すことなく、いとも簡単にこれを排斥している。

8 原子炉圧力容器及び一次冷却系配管の危険についての誤り

(一) 安全設計審査指針によると、「原子炉冷却材圧力バウンダリとなる系および機器の部分は、脆性破壊を防止するためその最低使用温度が、使用される材料の脆性遷移温度にある値を加えた温度以上となるような設計であること」という基準が設けられているところ、本件原子炉圧力容器の場合は、右の「ある値」を摂氏三三度として安全審査がなされたものであるから、具体的な基準は「最低使用温度が使用される材料の脆性遷移温度に摂氏三三度を加えた温度以上となるような設計であること」ということになる。しかるに、原判決は、この点に関し、脆性遷移温度に摂氏三三度以上を加えた温度以上で原子炉圧力容器を使用することになつていると判示するのみであるが、これでは、単に安全設計審査基準そのものを述べたことにしかならない。問題は、中性子照射によつて時と共に上昇する脆性遷移温度が、一体どれほどまで上昇し、それに対応して最低使用温度をどこまで上げ得るかということであり、これを具体的に明らかにしなければ意味がないのであるが、本件安全審査においては、具体的な数値は検討されていないのである。

(二) 控訴人らは、本件原子炉圧力容器の中性子照射による脆化の程度を把握するために用いられる監視用試験片は、被控訴人のいうようにあらかじめ定められた採取位置から切り取つたものであつても、材質にばらつきがあるため、右試験片により脆化を推定することは、危険な過小評価をもたらす旨主張したが、原判決は、何らの根拠もなく、これを無視している。

(三) 控訴人らは、東京電力福島原子力発電所一号炉において、配管にひび割れが発生し、被控訴人が主張する検知能力の数倍以上の原子炉冷却水の漏洩があつたにもかかわらず、これを検知し得なかつたことを例に挙げ、本件原子炉における一次冷却水の漏洩検知能力は信頼できない旨主張したが、原判決は、検知し得なかつたのは漏洩量がにじみ程度の僅少であつたからであるとの被控訴人の弁解と、あいまいな内容の新聞記事(乙第九九号証)によつて、右主張を採用し難いとし、明確な根拠なしに検知能力の信頼性を認めている。

9 ECCSの有効性についての誤り

原判決は、本件原子炉のECCSの有効性を肯定しているが、既に原審で主張したように、ECCSの有効性が実験によつて確認されたことは未だかつてなく、単なる机上の産物にすぎない解析モデルを用いた計算上の性能評価により有効であると一方的にいわれているにすぎず、有効性についての審査基準もあいまいである上、本件安全審査ではその基準に適合することすら確認していないのであり、更に、有効性につき合理的な疑問を投げかけるたやすく排斥し難い証拠もあるから、ECCSの有効性を肯定することは到底できない。

10 立地選定に伴う危険についての誤り

(一) 原判決は、四国太平洋沖(南海トラフ)で発生する巨大地震は耐震設計上考慮する必要がないとし、その理由として、これらの地震の卓越周期は約一秒程度と長く、本件伊方発電所の主要施設の固有周期は0.1秒から0.3秒であり、右巨大地震により共振することはないこと、右巨大地震の最大加速度はタイプBの地震の最大加速度より更に小さいこと、地震歴よりみて本件敷地周辺で右巨大地震により被害を受けた事実はうかがえないことを挙げている。しかし、地震の被害は、周期の一致による共振や最大加速度の大きさによつてのみ生じるのではなく、右巨大地震による大きな揺れによつても生じ得るものであり、また、伊方町法通寺の歴代略記には「嘉永七年寅一一月大地震に付寺内大破に及び」とあるだけで、それによつては、その大地震が、嘉永七年一二月二四日の南海沖地震、同月二六日の伊予西部地震のいずれであるのか不明であり、後者と断ずることはできないから、右巨大地震を耐震設計上無視するのは不当である。

(二) 理科年表に記載されている地震のマグニチュードのうち、明治七年から大正一四年までのものについては、マグニチュード(いわゆる河角によるマグニチュード)の表示の下にかつこ書きで0.5を差し引いた値が示されており、本件安全審査においては、そのかつこ書きの値を用いて地震歴の検討が行われているところ、原判決は、これを是認し、その理由として、理科年表は、五十有余年にわたる長い歴史を有し、理科分野における基礎データを収録したもので、その記載事項については、学界において一般的に認められた後に記載されるものである、と判示している。しかし、右かつこ書きは昭和四六年から行われた注記であつて、このことは学界でも未だ一般的には認められていない証左であるといえる上、河角によるマグニチュードは気象庁マグニチュードに比べ、マグニチュード六で0.5大きいが、マグニチュード七でほとんど同じである、との研究(甲第三二八号証)も存在するから、河角によるマグニチュードを用いなかつた本件安全審査は合理性を有しないというべきである。

(三) 本件安全審査においては、本件敷地に対し最も大きな地震動を及ぼした地震を寛延二年(一七四九年)の宇和島沖地震であると考え、そのマグニチュードを七、震央距離を一四キロメートル、震源深さを三〇キロメートルと推定し、これに基づいてタイプAの地震に対する耐震設計を審査しており、原判決もこれを是認している。しかし、宇和島沖等の地域における地震の震源深さについては、同地域における地震データが不足しているため、これを三〇キロメートル以深とみることはできず、データ不足の場合は、いわゆる飯田式を用いて震源深さを決定するのが相当であるところ、それによれば、マグニチュード七の震源深さは10.86キロメートルとなる。

(四) 原判決は、本件安全審査において、設計に用いる地震の卓越周期を0.3秒として最大加速度の計算がなされたことを是認しているが、これは、昭和四三年の宇和島沖地震の卓越周期が0.27秒であることを無視したものである。

(五) 原判決は、本件原子炉の主要施設の耐震設計に用いた設計応答曲線が地震波の一部を包絡していないことにつき、応答曲線という耐震設計の手法を使用するという観点からして、設計応答曲線が設計地震波の加速度応答曲線を完全に包絡する必要はないなどとしているが、設計地震波は、過去に本件敷地以外で測定された地震波を本件敷地用に計算し直して求められたものであつて、本件敷地での実際の波形とは大幅な誤差があるから、それらの地震波を完全に包絡させるという安全側に立つた評価が必要であるといわなければならない。また、原判決は、配管類では大きな応答倍率を示すことがあるとの証拠(甲第二四九号証)を無視し、アメリカの耐震設計に関する基準では鉛直震度(上下加速度)と水平震度(水平加速度)とが同じ比率になつている旨の控訴人らの主張を排斥したが、いずれも不当である。

11 災害評価についての誤り

(一) 原判決は、本件安全審査における災害評価に当たり、蒸気発生器細管破損事故に際して外部へ放出される有機よう素を一次冷却系から二次冷却系へ放出された有機よう素のわずか一〇分の一しか仮定していないこと、及び無機よう素については二次冷却系液相部から気相部への移行過程において一〇〇分の一に減少すると仮定していることを是認したが、これらの仮定は、信頼性の低い資料に基づくもの或は誤つた評価に基づくものであつて、不当である。

(二) 原判決は、本件において食物連鎖に伴う内部被曝の評価がなされていないことを是認したが、これでは、想定された重大事故、仮想事故が現実となつた場合に、周辺地域に流出した放射能が食物連鎖を通して内部被曝をもたらすことを無視することに帰し、不当である。

(TMI事故について)

1 事故の発生

昭和五四年三月二八日、米国ペンシルバニア州のスリーマイルアイランド原子力発電所二号炉(加圧水型、昭和五三年三月原子炉臨界、同年一二月運転開始、出力九五万九〇〇〇キロワット)において、炉心が損傷し放射性物質が環境に放出される事故が発生した。このTMI事故は、原子炉格納容器内の二つの蒸気発生器(以下単に「SG」ということもある。)に格納容器外から二次冷却水を供給する二系統の配管系の各給水ポンプがいずれも停止し二次冷却水の供給が止まつたことから始まつた。なお、TMI二号炉と本件伊方原子炉とはシステムも機能もほぼ同じであるから、TMI二号炉が事故発生によつて直面した問題は本件伊方原子炉にも共通に発生するものである。

2 事故の経過

事故の経過は次のとおりである。①右の給水停止のため、SGの二次冷却水側の水位が蒸発により急激に低下しSGの熱除去能力もどんどん低下した。この結果、SGでの熱除去によつて一定の状態に保たれていた一次冷却材温度が上昇し、体積膨張によつて一次冷却材の圧力も上昇した。三秒ないし一二秒後には、一次系の圧力の上昇により加圧器逃し弁が自動的に開いて逃し弁から水蒸気・熱水二相流の状態で逃しタンク内に噴出し、右の温度、圧力の上昇が続いたことにより、原子炉が緊急停止した(これにより核分裂反応は止まつたが、核分裂生成物の発する崩壊熱による発熱は続いた。)。一二ないし一五秒後には、原子炉緊急停止により発熱が低下したため、一次系の圧力は低下したが、逃し弁が閉じるべき圧力に下がつても閉じず、一次冷却材の逃しタンク内への放出が続いた。三〇秒後には、一次冷却材の流出により圧力容器内の水位が低下する一方となつた。この頃、二次給水系の補助ポンプ三台が作動していたことは確認されていたが、補助給水系に取り付けられているバルブが三系統とも閉鎖状態になつていたため、現実の給水は全くなされていない状態にあつた。②一分後には、加圧器に取り付けられている加圧器水位計の目盛りが急上昇し始めた(このことは、既にこの時点で、原子炉内が燃料棒内の蓄積熱と核分裂生成物による崩壊熱によつて過熱状態となり炉心の一部では広範囲な沸騰のために燃料被覆管の表面が水蒸気膜で覆われ、その結果、燃料棒の熱伝達が低下し、燃料被覆管の急激な温度上昇とそれに伴うジルコニゥム・水蒸気反応が激しく進行し、燃料被覆管が水素を発生しつつ燃焼してぼろぼろになつてゆく、いわゆる焼損現象が始まつていたことを推定させる。)。二分後には、ECCSのうち高圧注入系が二系統とも自動的に作動し、圧力容器への注水が始まつた(この作動は、逃し弁からの一次冷却水の放出が続き圧力容器内の圧力が低下しECCS(高圧注入系)の作動設定圧に達したためであるが、本件伊方炉の場合、そのECCSは、加圧器圧力計の低下と加圧器水位計の低下の二つの条件が重ならなければ自動的に作動しないシステムになつているから、TMI事故が本件伊方炉に発生していたものと仮定すると、圧力計はECCS作動圧まで下つたものの、水位計はむしろ平常運転時より上昇していたのであるから、ECCSが自動作動しなかつたことになるのであり、なお、手動で作動させるべきであるとの判断は、計器を信頼する限り、できなかつたというべきである。)。四分後には加圧器水位計が振切れとなり、四分三〇秒後には運転作業員が高圧注入系の一系統を手動で停止した(この停止は、水位計振切れのためECCSからの注入過剰と判断してのことであるが、これは、加圧器水位計が正常に働かないことがわかつていなかつた当時としては、正常な判断であるということができ、二系統のECCSを止めてもよい筈のところをまず一系統のみの停止にとどめた点は、むしろ沈着な態度であつたと評価できる。)。③七分三〇秒後には、格納容器サンプ(汚水溜め)のポンプが自動的に作動してサンプの水が格納容器から補助建屋内タンクへ排水されるようになり(ここにおいて、事故時における格納容器隔離の原則が破れている。)、八分後には、二次系補助給水系のバルブが制御室からの手動操作によつて開かれ、二次系の給水が開始されて、低下していたSGの二次側水位が徐々に回復に向い始め、一〇分三〇秒後には、加圧器水位計が依然として振切れの状態であつたため、残りの一系統の高圧注入系も手動で停止された(この停止は、前記のとおり水位計の表示を信じる限り、非難されるべきことではない。)。④一一分ないし一二分後には、高圧注入系を二系統とも手動で再作動した(この再作動までの経過は、事故発生後二分から四分三〇秒まで二系統のECCSから注水され、引き続き一〇分三〇秒まで一系統の注水がなされ、更に再作動に至つているから、二系統とも停止されていた時間はわずか三〇秒ないし一分三〇秒にすぎず、この程度の作動停止は、右の経過や一系統の注水で十分機能するものであるとされていることからして、機能の面ではほぼ無視できるものである。)。一五分後には、逃しタンクのラプチャー・ディスクが破れて逃し弁から流出した一次冷却水が格納容器内に放出され始め、それがサンプに溜りサンプポンプによつて格納容器から補助建屋に排出され、補助建屋が密封構造でないため、希ガス、よう素等の放射性物質が外部環境に放出された。⑤一時間一五分後には一次冷却材ループの一つ(ループB)についている一次冷却材ポンプを、一時間四五分後には残りの一つ(ループA)についている一次冷却材ポンプをそれぞれ停止した(この停止は、炉心で大量に発生しつつあつた水素ガスや水蒸気が一次冷却材とともにポンプに流れ込んだため、ポンプが激しく振動し、ポンプ破壊による一次冷却材の大量喪失の危険を恐れた運転員の適切な判断に基づくものであり、何ら非難される筋合のものではない。)。一時間四五分ないし二時間後には、一次冷却材温度が急上昇し冷却材出口温度を測定するための温度計が摂氏三七〇度で振り切れて測定不能となり(このことは、炉心の崩壊が進行し冷却可能形状が失われたため一次冷却材の自然循環による冷却も不能であつたことを示している。)、二時間一八分後には、開き放しになつていた加圧器逃し弁が制御室からの操作により手動で閉じられ、SGのA、B二系統のうち、Bが破損して放射能漏れを起こしていることが発見され、以後Bの二次系側にある隔離弁を閉じて使用を諦めた。⑥三時間後から三時間五〇分後にかけて、一次系圧力が再上昇して加圧器逃し弁が再び開いたり、加圧器逃しタンク内で圧力スパイク(瞬間的な圧力上昇)が発生したりなどし、五時間後には、格納容器内の圧力が上昇し自動的に外部と遮断隔離されたが、それまでの間に、漏出一次冷却材は強い放射能を含んだ状態でサンプから補助建屋内のタンクに自動的に排出され続けており、補助建屋内に溜つた放射性の気体は補助建屋排気口から外部環境に放出された。⑦一〇時間後には、格納容器内で小規模の水素爆発が起こり、その際の圧力変化で格納容器内に設置されているスプレイ系(コンテナー・スプレイ)が作動し、アルカリ性の水一九トンの噴射が開始され、一三時間三〇分後には、逃し弁が閉じ、一次冷却材ループAのポンプが作動し、一次冷却材の強制循環による炉心冷却が再開され、その頃から一六時間後には、SGのA系統での蒸気発生が始まり除熱機能がようやく回復したが、SGのB系統では、隔離弁に至るまでに存在する格納容器外の安全弁及び大気放出弁から、放射能放出が続いた。

3 事故と本件許可処分の違法性

TMI事故は、少なくとも次の諸点において、本件許可処分が原子炉等規制法二四条一項四号等の許可基準に適合しない違法なものであることを証明している。

(一) 杜撰な安全設計審査指針

本件伊方原子炉の設計の安全審査に用いられた安全設計審査指針によつても明らかなように、審査すべき内容を定めた指針それ自体が極めて抽象的である。これでは、莫大な数の部品や機器で構成される原子炉施設につき、具体的に何をどのように審査すべきか、まつたく不明であり、このような指針で審査らしきものをしたとしても、とうてい安全性を確認できたと言えるはずのないものである。しかも驚くべきことに、同指針自体が「本指針を満足すれば安全審査はこれをもつてすべて足りるというものではない」としているのであるから、そもそも本件許可処分はこの点からだけでも原子炉等規制法二四条一項四号の条件を満足せず、取消しを免れないものなのである。

(二) 安全設計審査の違法の具体的内容

(1) 事故は思いがけない原因から起こるものである。原子炉施設は莫大な数の機器や設備で構成されており、それだけ故障の起こる箇所や頻度も多い。しかも、過去のプラント事故の原因調査などで知られているように、事故の原因はしばしば機器や設備の一ケ所だけの故障の場合(単一故障)もあれば、複数箇所での故障の併発(多重故障)による場合もある。また運転員の誤判断・誤操作も無視できない。とくに事故が一旦発生した場合など、平静さを失つた運転員がミスを犯し、さらに事故を拡大することもよくあることで、そのことがプラントの安全性を確保するため設計のうえで考慮されなければならないことは当然である。わが国の安全審査は、機器や設備の故障や、運転員の誤操作などを外乱的要因として想定し、これが原子炉施設の安全性にどのような影響を及ぼすかを評価するという、いわゆる事故想定評価方式によつていることは、安全設計審査指針によつても明らかであり、本件原子炉の安全設計審査もその手法によつてなされている。しかし、この対象としていかなる外乱を選定して事故解析をし、施設の安全性を確認するかについては、まつたくその選定基準もなく、その重要度や起こり易さなどを無視してなされてきている。むしろ原子炉設置許可処分がやり易いように、その妨げとなる外乱については意識的にこれを排除して、審査の対象外にしておこうという態度に終始してきたと言つて過言ではない。

(2) 本件伊方原子炉の安全審査においては、機器や設備の故障による事故については、安全審査報告書の各記載によつて明らかなように、各故障がそれぞれ独立かつ単一に発生した場合(単一故障)が審査されているわけである。しかも、それらの機器や設備の選定方法も、原子炉の安全確保にとつてどの程度重要であるかという判断基準もないままの極めて恣意的なものである。したがつて、原子炉施設の安全確保にとつて極めて重要な役割を持つ数多くの機器や信頼性の検討が、本件伊方原子炉の安全審査において欠落している。TMI事故において明らかにされただけでも、事故の原因となり、その拡大に重要な役割を果たした二次給水系の各機器や設備、加圧器逃し弁の信頼性等についてさえ、本件伊方原子炉の安全審査では、まつたくなされていない。この点については、わが国のTMI事故調査委員会の第二次報告書の、いわゆる「五二項目の提言」においても明確に指摘されており、これらの機器・設備を含む安全確保上重要な機器の信頼性を審査しないでなされた本件許可処分の違法性が、明らかに証明されたのである。

(3) 本件伊方原子炉の安全審査では、これまでのプラント等の事故例に数多く見られる多重故障事故についてはまつたく審査されていない。TMI事故では、脱塩装置のバルブの閉止、二台の二次系主給水ポンプの停止と加圧器逃し弁の開固着という多重故障が現実に起こつたのである。TMI事故を待つまでもなく、発生確率の高い多重故障による事故解析は、安全確認にとつていわば常識であり、危険な大量の放射能を内包する原子炉の安全審査でこれをしないことが許されるはずがない。当然のことながら、前述のわが国のTMI事故調査委員会でさえ、この点について「五二項目の提言」の中で、多重事故を検討する必要を指摘し、ロゴビン報告書も多重故障の場合にまで設計基準事故の範囲を拡大することを勧告している。発生確率の高い多重事故さえ審査の対象としないでなされた本件許可処分が、違法であることは明らかである。

(4) さらに、本件伊方原子炉の安全審査を含むこれまでの原子炉の安全審査では、解析の対象とする事故は、ことさら重大な災害に至らないものばかりに限定し、大惨事の原因となる事故はことさら除外するという、犯罪的な安全審査がなされてきた。被控訴人の言う想定不適当事故がそれである。控訴人らは、原審以来このような安全審査によつてなされた本件許可処分の違法性を強く訴えてきた。TMI事故は、炉心の全面溶融・水素爆発による原子炉大破壊、凄惨な大事故の一歩手前まで進んだのであり、これがそこで止まつたのは正に僥倖というほかないものだつたのである。被控訴人の言う想定不適当事故こそ正に、もつとも想定されねばならない事故であり、原子炉の危険性を認識し、その対策が立てられるべきことを明らかにしたのである。ロゴビン報告書も設計基準事故の範囲を、炉心全面溶融にまで拡大することを勧告した。本件許可処分に重大な違法があり、それがすみやかに取り消されるべきことは、この点からだけでも明白である。現に、TMI事故と同様の炉心破壊をもたらす事故発生の危険は、米国内だけでも、一九六九年以降の一一年間に一六九件にも及んでいたことが、米国原子力規制委員会の発表で明らかになつており、また最近、本件原子炉と同型の米国ギネ原子力発電所で発生した蒸気発生器事故は、ECCSの重大な欠陥や、原子炉圧力容器破損の危険が極めて切迫していることを示している。

TMI事故あるいはそれ以上の惨事が発生する危険は具体的である。

(5) 本件伊方原子炉の安全審査では、右に述べたような重大な事故が起こる可能性をまつたく無視したままなされている。したがつて、このような大事故が起こつた場合の対策についてもまつたく審査しないままである。もともとTMIのような事故が起つた場合の対応が、設計段階から考慮に入れられていないのであるから、運転員に対しても設計に組込まれた対応策を予め知らせておく緊急手順書が作成できるはずがない。運転員はなんらの予備知識なしにこのような事態に対処することを迫られるのである。TMI事故でその欠陥が問題になつた、事故時の炉内の状況を正確に把握するために不可欠な、加圧器水位計、炉内温度計測系の信頼性や、燃料溶融事故時に当然発生する水素ガスによる爆発を防ぐ対策、さらに、TMI事故でみられたように、大事故が発生した場合には極めて短時間のうちに炉内の異常を告げる大量の信号が、それも相矛盾したものも含めて錯綜しながら、運転制御室に溢れる。炉内の状況を示すデータがコンピューターによつて記録紙上に打ち出されるはずであつたが、打ち出し速度が情報量の余りの多さのためにつぎつぎに遅れ、運転員が欲しい情報が即座に得られず緊急時には間に合わず、制御室が機能麻痺に陥つた。これらのいわゆるマン・マシーン・インターフェースの問題も、重大な欠陥としてTMI事故によつて明らかになつた。制御盤のレイアウトを整理することはもちろん、制御室のこれまでのシステムや構造を根本的に改革するのでなければ、いざというときには役立たないことが、ロゴビン報告書や前述の「五二項目の提言」の中で強く警告されている。さらにまた、TMIのような大事故の可能性がまつたく無視されているので、事故の際に大量に流出する放射性物質から周辺住民を守る対策が何一つ立てられていないし、もちろんこれに対する安全審査もなされていない。防災対策のすみやかな確立についても、「五二項目の提言」において述べられている。以上述べた事項は、いずれも本件伊方原子炉の安全審査の欠陥をTMI事故が証明した重要な点であり、これまた原子炉等規制法二四条一項四号に違反する本件許可処分の違法性を示す事実である。

(6) TMI事故の原因はなんら運転員の誤判断・誤操作によるものでない。しかし、一般に、運転員の判断や操作の誤りが大事故の原因となり、また事故を拡大する要因となることがしばしぼであることもこれまた疑う余地のないところである。TMI事故を契機にして、膨大な危険を内包する原子力発電所の運転や安全管理を、どの程度運転員に委ねるべきかという、いわゆるヒューマン・クレジットの問題があらためて重要視されるに至つたのは当然のことである。本件伊方原子炉の安全審査では、運転員の誤操作の問題としては、極めて単純で馬鹿げた、制御棒クラスタ引抜事故、燃料取替事故の二つしか解析の対象とされていないというお粗末さなのである。しかし人は誤る存在であり、運転員が現実に何らかの理由によつて、原子炉の安全にとつて有害な行動を(意識的であれ無意識的であれ)とる可能性は大きく、またその行為の態様も多様である。本件安全審査においては、右の二つの問題だけの解析で複雑なヒューマン・クレジットの問題を片付けているのであるから、本件許可処分はこれだけでも、原子炉等規制法二四条一項四号の許可条件を無視した違法の処分であることが明らかである。また、もともと「本件原子炉はフールプルーフ・フェイルセーフになつており、運転員のいかなる誤判断・誤操作によつても原子炉の安全性は守られ事故は起らない」と主張したのは被控訴人である。しかし、TMIのようなごくありふれたバルブの故障という原因からでさえ、破滅的大惨事寸前という事故が発生し、原子炉施設に組込まれていたと称するフェイルセーフ・フールプルーフはなんら役立たなかつたのであるから、この点においても、本件許可処分が原子炉等規制法二四条一項四号の条件に違反する処分であることは明らかである。

(7) TMI二号炉で起こつた加圧器逃し弁からの一次冷却材流出事故は、いわゆる小LOCAにあたる。控訴人らは、小LOCAが起こればECCSは有効に働かず、炉心溶融の大事故が発生することを原審以来指摘し、これを審査していない本件伊方原子炉の安全審査の欠陥、ひいては許可処分の違法を主張してきた。この小LOCAの問題については、安全設計審査指針においても、「非常用炉心冷却系は、原子炉冷却材圧力バウンダリ内のいかなる寸法の配管破断による冷却材喪失事故に対しても燃料被覆の溶融を防止できるような設計であること」と定められており、本件安全審査はこの点だけでも重大な審査の欠如があり、指針にも明白に違反しているのである。これに対して被控訴人は、控訴人らの主張は原子炉の実態を知らぬ者の言であつて、そのようなことは絶対起こるはずがないのであるから想定不適当であると強弁し、大LOCAについてだけ審査しておけば、小LOCAを審査しなくても、許可処分の違法性にはなんらの影響を及ぼすものではないと主張し、原判決もこれに追随して控訴人らの主張を斥けた。しかし、TMI事故は、小LOCAの特徴、すなわち原因の多様性と事故経過の複雑さとを明白に示し、大LOCAの審査で事足れりとする被控訴人の誤りを指摘し続けてきた控訴人らの主張の正しさを証明した。前述の「五二項目の提言」においても、ECCS安全評価指針の項で、このような小破断事象についての審査の必要を訴えている。そして実際にこの提言を承けて、安全設計審査指針は昭和五六年に改訂され、小LOCAの場合におけるECCSの有効性の確認を審査事項とすることになつた。このように、小LOCAをめぐる一審以来の当事者双方の論争は、TMI事故によつて終止符が打たれ、被控訴人も控訴人らの主張の正しさを認めざるを得なくなつたのである。この点についての本件伊方原子炉における安全審査の欠如による本件許可処分の違法は、もはや確定した事実となつたのである。

(8) 万一の事故に備えて敷地周辺の公衆の安全を確保するため、原子炉設置場所は公衆の生活環境から一定の距離を保つことが要求されている。立地審査指針では、重大事故・仮想事故を想定し、その際の公衆への放射線災害を評価したうえで、立地選定がなされなければならないとされている。とくに仮想事故の場合には、「重大事故を越えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故」まで敢えて想定することが要求されている。本件伊方原子炉の安全審査で想定された仮想事故の一つは、「一次冷却材喪失により炉心内の全燃料が溶融したと考えた場合に相当する核分裂生成物質の放出」という、いわゆる炉心全面溶融事故である。しかし、安全審査ではこのような事故が起これば当然事故の必然的推移として考えなければならない、圧力容器・格納容器を破壊して放射性物質が外部へ大量に放出されることの影響を評価せず、放射性物質の全部又はほとんど格納容器内に放出されるというまつたく現実的には考えられない想定をしたうえで災害評価をし、立地審査を合格させた。もしありのままに炉心溶融の後の経過を評価すれば、とうてい本件原子炉の設置を認めることができなくなるからである。原審以来控訴人らは、このような恣意的な災害評価のごま化しを指摘して、本件許可処分が違法であることを主張してきた。これに対し被控訴人は、「炉心全面溶融は現実には起こるはずがない。仮想事故は立地審査の手法として観念的に想定するだけであるので事故経過も実際の事態と合致しなくてもよい」と苦しい言い逃れをしてきた。しかし、TMI事故によつて炉心全面溶融事故は現実に起こり得ることが実証され、被控訴人のこれまでの主張の誤り、立地審査における本件許可処分の違法性が証明されたのである。また、TMI事故で生じた放射性物質の放出は、本件安全審査の災害評価において想定された、仮想事故における希ガスの放出量と桁違いに大きいものであり、この点でも、本件伊方原子炉の立地審査における災害評価の誤りは明らかとなつた。被控訴人は、これについて、「TMI事故は運転管理の問題に起因して大量の放射性物質を放出するに至つたのであり、安全審査において周辺公衆からの離隔の程度を判断するための媒介として観念的に想定される仮想事故とを直接比較しても本来何らの意味のないものである」などとわけのわからぬ弁解をしている。しかし、TMI事故は単純に運転管理の問題を原因として発生したものでない。また、そもそも立地審査で評価することが要求される仮想事故は、技術的見地からは考えられないものであつたはずであるので、運転管理を持ち出してもまつたく言い訳にならない。「仮想事故は公衆との離隔の程度を判断するための媒介として観念的に規定するものであるからこれとTMI事故の実際の放出放射能とを比較しても意味がない」という主張に至つては、まつたくあきれ果てた居直りと言うほかない。TMI事故が明らかに示したのは、仮想事故は現実に起こるということであり、誤つているのは、炉心溶融事故は起こらないという前提でその必然的経過をねじ曲げてした災害評価である。被控訴人はTMI事故の事実の証明に目をつぶり、依然として炉心溶融事故が実際に起ころうとも、これと災害評価とは関係ないという立場に固執する以外に、本件伊方原子炉の立地審査の違法を言い繕う方法がないのである。また、大事故は現実に起こることが明らかになつたので、起こることが予想される各種の事故を想定し、それぞれに応じた住民の保護対策・退避計画の確立の必要が明らかになつた。そして、退避の観点からすると、人口中心地から一八キロ(一〇マイル)以上原子炉は離隔されるべきであるとの提言がロゴビン報告書でもなされている。このような点についてなんら審査されていない本件許可処分が、立地審査指針一基本的な考え方一―一原則的立地条件(2)(3)に違反する違法のものであることは明らかである。

(9) 原子炉安全審査においては、設置者の技術的能力の確認が重要であるが、TMI事故によつてこのことはますます明らかになつてきた。被控訴人は、本件許可処分においてはこの点について、ただ設置許可申請者の原子炉施設で働く技術者の養成計画を書面審査しただけで、現実の技術能力の確認を何一つしていないことは、安全審査報告書(乙第五号証)6技術的能力の記載自体によつても明らかである。したがつて、本件許可処分は原子炉等規制法二四条一項三号にも違反する違法のものであることは明らかと言わなければならない。

(10) TMI事故によつて明らかになつた本件許可処分の違法性を示す事実は、以上述べたところで尽きるものではない。ケメニー、ロゴビン、わが国の調査委員会の各報告書は、TMI事故の教訓として原子炉安全審査を改める事項として他にも多くの点を指摘している。これらのほとんど全部について、本件許可処分はなんらの審査をしていないのであるから、それぞれの点で違法を免れない。

四  被控訴人の主張

(原告適格について)

被控訴人は、本件許可処分の取消しを求める本件訴えについて控訴人らには原告適格を認めるべきでないとの主張を当審においても維持するとともに、更にこれを強く主張するものである。被控訴人の右の主張が正当であるゆえんは、既に原審において詳述したとおりであるが、以下において、更に若干の主張を補足するとともに、控訴人らについて原告適格を認めた原判決には原告適格に関する法律の解釈を誤つた違法があることを明らかにする。

1 原子炉設置許可の法的性格と第三者の原告適格

(一) 原子炉等規制法は、原子力基本法二〇条に基づき原子炉等による災害を防止して公共の安全を図るために必要な規制を行うこと等を目的(原子炉等規制法一条)として制定されたものであり、公共の福祉を維持増進するために本来は国民の自由に任せ得る分野について国民の活動を権力的に規律し、国民に対し、これに応ずべき公の義務を課するものであるから、いわゆる規制法の範ちゆうに属するものということができる。そして、原子炉等規制法において定める規制の内容は多岐にわたるが、同法二三条一項は、原子炉等による災害を防止して公共の安全を図るという同法の規制目的を達成するために、いつたん全国民に対して原子炉の設置を一般的に禁止した上、法の要求する一定の条件を充足した特定の原子炉及び申請者について原子炉設置の許可を与え、右の禁止を解除するという法形式による規制手段を採用している。したがつて、原子炉設置許可は申請者について原子炉設置に対する一般的禁止を解除し、申請者に当該原子炉を適法に設置し得る法的地位を取得させる処分ではあるが、右許可自体も、原子炉設置の一般的禁止とその解除という同法の定める規制手段の一環をなすものであるから、右の規制目的の実現に資するものとして位置付けられるべきものであり、右許可及びそれに至る手続を通じて周辺住民を含む一般国民の利益が守られることはあつても、それによつて直接その利益が侵害されることは性質上あり得ないものといわなければならない。

(二) また、特定の産業分野について公益的見地から規制法を制定公布するか否か、規制するとしてどのような手段方法によつてこれを規制するかということは、国の立法裁量に属する事項であり、原子炉の設置に関する規制についてもそれは同様であつて、原子炉の設置について原子炉の安全性確保のためにする規制の要否及びその内容のいかんということは、最終的には国の立法権の行使によつて確定されるべき事柄である。そして国は、原子炉等の利用についてはそれによる災害を防止して公共の安全を図る必要があることを認めて、原子炉等規制法を立法し前述のような規制手段を講ずることとしたのである。

しかし、このような立法をしたからといつて、そのことから国が原子炉等による災害防止について第一次的責任を負うという結論を導くことは正しくない。原子炉の安全性の確保については、右に述べたような国の規制を待つまでもなく、原子炉設置者においてこれを実現すべき性質上当然の責任を本来負つているのであり、原子炉設置者の右の責任の内容は、国において立法権を行使して原子炉等規制法を制定したからといつて何らの消長を来たすべきものではない。したがつて、原子炉等による災害の防止については、原子炉設置者が第一次的に責任を負う者とされるべきことは理の当然である。そして、原子炉等規制法は原子炉設置者を監督してその責任を十分に果たさせるために必要と認められる規制手段を定めるものであるから、原子炉等規制法による国の規制責任はこの意味において、いわば第二次的・後見的性格のものというべきである。

そして、原子炉等によつて損害を被るおそれがあるとする周辺住民は、第一次的責任者である原子炉設置者に対し妨害予防の訴えなどの民事訴訟を提起することによつて右の被害の発生を予防する道があるのであるから、本件訴訟のように行政庁の規制権限の行使の違法を問う抗告訴訟についてまで、第三者である周辺住民に原告適格を認める必要性は通常の場合認められないといえよう。

(三) 原子炉設置許可は名宛人に対する関係で原子炉設置についての一般的禁止を解除し、一定の原子炉を設置することの許可を与えることを内容とするものであり、講学上のいわゆる授益処分であると解される。そして権利侵害的性質を有する行政処分は別として、この原子炉設置許可のように授益的性質を有する行政処分の場合にあつては、それによつて損害を被る者は通常存在しないから、その場合当該行政処分を争う行政訴訟において原告適格を有する者は存在しないのが普通である。ただ例外的に名宛人に授益することが個別的、具体的に保護されている第三者の利益を侵害することとなる場合に限つて、その第三者について原告適格を認めることの是非が論ぜられるにすぎない。

そして、原子炉等規制法二三条一項に基づく原子炉設置許可が第三者の権利又は法律上保護された利益を直接侵害することは性質上あり得ないところである上に、後記のとおり、右許可については法が特に第三者の利益を保護する立法をしているとは解し難いから、控訴人らは右のように例外的に原告適格の肯定されるべき場合に当たるともいえないことが明らかである。

2 原子炉等規制法の規制構造と第三者の原告適格

(一) 原子炉設置許可手続は発電用原子炉の安全性を確保するために原子炉等規制法が予定している規制手段のすべてではなく、同法が定めている一連の段階的、複合的規制の体系全体の冒頭に位置する一手続にとどまるものであり、原子炉設置許可が与えられても、その許可を受けた者は、それだけでは、控訴人らが被害発生の直接の原因として主張する「原子炉の運転」をすることができる地位を取得するものではない。

すなわち、①発電用原子炉を設置しようとする者は内閣総理大臣の許可を得なければならず(原子炉等規制法二三条)、②その後工事に着手するに際しては、具体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(電気事業法四一条、原子炉等規制法七三条参照)、そして、③原子炉の運転を開始するに際しては、建設・工事の工程ごとに使用前検査に合格しなければならず(電気事業法四三条)、更に④運転開始後においては一定の時期ごとに定期検査を受けなければならないのである(同法四七条)。

このような発電用原子炉に対する法的規制の体系から明らかなとおり、法律は、一定の「原子炉を設置しようとする者」の設置許可申請とこれに対応する設置許可(原子炉等規制法二三条)、右の許可を受けた者が工事に着手する場合にその前にする工事の計画についての認可申請とこれに対応する認可(電気事業法四一条)、工事が完成した後におけるいわゆる使用前検査の申請とこれに対応する合格(同法四三条)及び運転開始後における定期検査(同法四七条)をそれぞれ区別することにより、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針における安全性審査、その具体的な設計及び工事の方法における安全性審査、その使用に当たつての安全性審査、当該原子炉の平常運転時における安全性審査をそれぞれ区別し、その各時点において、それぞれの審査事項に関して最も適切な具体的審査の方法とその在り方について規定しているのである。原子炉の安全性に関するこれらの各場面における審査のうち、本件で問題となるのは、原子炉の設置許可に関する原子炉等規制法二四条の規定に基づく審査であるから、その際におけるいわゆる安全性審査が原子炉施設の安全性に関する問題のすべてにわたるものではなく、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的方針において十分安全性が確保されるものかどうかを確認するという見地から、その限度で行われるべきものであることは明らかであるといわなければならない。

このように、原子炉設置許可は、申請者に対して一定の原子炉を設置し得る法的地位を付与する処分であり、規制の機能面から見るならば原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針の承認ともいうべきものであつて、原子炉設置者に原子炉の運転そのものを承認する趣旨を含むものではない。申請者は右許可の段階では次段階の工事計画の認可申請をなし得る地位を得たにとどまり、後続の審査に合格しない限り、控訴人らが被害発生の直接原因として主張する「原子炉の運転」をなし得る地位を取得するに至ることはできないのである。

したがつて、原子炉設置許可は申請者に原子炉の運転に至る地位を付与するものではないから、その段階にとどまる限りそれだけでは周辺住民の利益を害するものとはいえないのである。

(二) ところで、これらの原子炉設置許可、原子炉施設の工事計画の認可、使用前検査合格等は、いずれも行政処分と解されるが、右に述べた原子炉等規制法の規制構造を基に考えると、原子炉設置許可とそれに後続する各処分とは、それぞれ別異の要件に基づいてなされる別個独立の処分と考えられる。そして、控訴人らが主張する被害なるものは後続の処分又は行為をまたなければ侵害の蓋然性の程度及びその内容を確定することができないといつてよい。例えば原子炉設置許可に合格したとしても後続処分に係る審査のいずれかに不合格となれば控訴人らにおいて被害の原因となると主張している「原子炉の運転」には至らないことになるし、また原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に瑕疵があるのを看過して許可がなされたとしても、当該施設の具体的な設計段階において右の瑕疵についての手当がなされ、補完されるなら、原子炉が運転されても控訴人らが主張するような被害の発生には至らないこととなるのである。

このように原子炉設置許可と原子炉の運転に起因する被害発生との間には複雑な因果の連鎖が介在して法的に有意な結び付きに乏しいから、以下に述べるとおり右の被害の発生のおそれを主張することによつて原子炉設置許可を争う周辺住民の原告適格を基礎付けることはできないというべきである。

すなわち、仮に控訴人らの主張する利益が行訴法九条にいう法律上の利益に該当するとしても、本件許可処分の取消しを求める本訴について原告適格が認められるためには、右許可処分によつてその法律上の利益を現に侵害されるおそれのある者でなければならない(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一ページ)が、仮に本件許可処分に瑕疵があつたとしても、それによつて周辺住民である控訴人らの法律上の利益が「必然的に」侵害されるといえないことは、右に見たとおりであるから、控訴人らが本訴について原告適格を有しないことは明らかである。

(三) この点について、原判決は、「被告は、原子炉設置許可処分は原子炉の設置許可のみを目的とする処分であるところ、原子炉の運転に至るまでには各種の認可、検査等、後続の処分がなされる。したがつて、これら後続する各種の処分の後になされる原子炉の運転によつて、原告らが被害を受けるとしても、それは本件許可処分の効果に関係のないところであるから、右被害を受けることを理由として本件許可処分の取消を求めるための原告適格を基礎づけることはできない旨主張するが、原告らの主張の趣旨は、本件許可処分に際しなされる原子炉の安全審査に過誤、欠落があることから、それによつて原告らが本件原子炉により被害を受けるというものであると解される。したがつて、本件許可処分に後続する各種の処分があり、かつ、原告らの主張する被害は、原子炉の運転という事実行為より発生するものであるからといつて、原告ら主張の被害が本件許可処分によるものでないとすることはできない。」と判示し、本件許可処分と控訴人らの主張する被害との間に単なる因果の連鎖さえ存在すれば控訴人らに本件許可処分の取消しを求める利益が認められるとする立場に立つているようであるが、原判決の右の判示は、行政処分と被害の発生との間に「必然性」の要件を要求する前記最高裁判決の趣旨に明らかに反するもので、失当である。

(四) 一般に、行政規制のために本件のような段階的行政処分をすることを法が要求している場合に、先行処分により被害が生ずるのであればともかく、それによつては被害が生ずることがなく、後行処分によつて認められた申請者の事実行為によつて初めて被害が発生するという場合には、右の被害の発生のおそれがあることを理由として行政処分の名宛人以外の第三者に、先行処分の段階からこれを争う適格を認めるべきかどうかは困離な問題であるが、少なくとも本件の場合先行処分がある原子炉設置許可によつては第三者に直接被害が生ずることはないのであるから、第三者の権利救済の見地からは、例えば、「被害」により密接な関係にある使用前検査合格について第三者にこれを争う原告適格を認めれば足りるといつてよい。また原子炉による災害の防止は原子炉設置許可の際の安全審査のみによつて達成されるのではなく、原子炉設置許可、工事計画認可、使用前検査合格等の段階的行政処分の手続を積み重ねることによつて初めて確保できるものであるから、原子炉設置許可を争つただけでは原子炉の安全性を確保することができるとは限らないのである。したがつて原子炉による災害の防止という見地からしても原子炉設置許可の段階から第三者に原告適格を認める実益は乏しいといわなければならない。

3 原子炉設置許可の効果と第三者の原告適格

原子炉設置許可は、前記2で述べたところからも明らかなように、申請者に対して一定の原子炉を設置し得る法的地位を付与する処分であるから、その範囲で公定力を生ずる。そして右許可処分は、発電用原子炉による災害を防止するために原子炉等規制法等が予定している規制手段の一部であつて、安全確保のための一連の段階的、複合的規制の冒頭に位置し、規制の機能面から見るならば、原子炉施設の基本設計ないしは基本的設計方針に対する規制を分担する手続であり、後続手続との関係から見るならば、申請者に対し規制手続の次段階に進み得る地位すなわち原子炉の設置許可を受けた特定の原子炉について当該原子炉施設の工事計画の許可申請をなし得る地位を与えるにとどまるものである。したがつて本件許可処分は、それのみでは、控訴人らが被害発生の原因行為として主張する原子炉の運転行為をすることのできる地位を申請者に取得させるものではないし、原子炉の運転及びその運転から生ずるとする被害に関し周辺住民である控訴人らに何らの法律上の効果を及ぼすものではない。

そして、抗告訴訟は行政処分に公定力が付与される結果、行政処分によつて自己の権利若しくは法律上の利益を害される者が民事訴訟等においてそれを争い得ないという不当な結果となることを救済するために、行政処分の公定力を排除する制度として行訴法によつて特別に認められた訴訟型態である。しかし、本件原子炉設置許可によつて、控訴人らに対し、その主張するような被害の受忍を命ずる効果が生ずるものでないばかりでなく、控訴人らは、これにより何らの法的効果も受ける立場にないのであるから、控訴人らに抗告訴訟によつて本件原子炉設置許可の公定力を排除すべき利益は認められないといわなければならない。

4 原子炉等規制法二四条一項四号等の保護法益

(一) 抗告訴訟の本質は、違法な行政処分に対する権利救済の制度であるから、一般に抗告訴訟を提起し得る者は、当該行政処分の取消し等によつて回復すべき自己の法律上の利益を有する者、すなわち当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害される者をいうと解すべきである。そして右にいう法律上保護された利益の意義について、前掲最高裁昭和五三年三月一四日判決は、「行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」と判示し、いわゆる法律上保護された利益救済説の立場に立ち、法律上保護された利益とは当該処分の根拠となつた行政法規によつて保護された利益を指すことを明らかにした。

したがつて、控訴人らが主張する利益が行訴法九条にいう「法律上の利益」に当たるかどうかは、本件許可処分の根拠となつた実定法規である原子炉等規制法二四条一項四号等の規定の解釈によつて決せられることとなるが、右規定の解釈に際しては前記1ないし3で考察した内容が参考とされるべきである。そして、本件許可処分がもともと周辺住民である控訴人らの利益を侵害する性質の処分ではなく、また法が採用している段階的規制の構造から見て原子炉設置許可の段階から第三者である控訴人らにその違法の有無を争わせる実益に乏しいことからすれば、本件許可処分の根拠法規である原子炉等規制法二四条一項四号等の規定は、控訴人らの主張するような周辺住民の利益を保護することによつて、同人らに抗告訴訟提起の資格を認めるような趣旨とは到底解されないというべきである。

(二) また、原子炉等規制法一条によれば、同法律の目的は、原子炉等による災害を防止して公共の安全を図るために必要な規制を行うというものであり、同法二四条一項四号の規定も「原子炉等による災害の防止」の見地から必要な規制を行うことを目的としているものであるから、原子炉設置許可の根拠となる実体法規が「原子炉等による災害を防止して公共の安全を図る」という公益の実現を直接の目的としていることは明らかである。そして、原子炉施設周辺の住民を含む一般国民は、右の公益が実現されることによつて、原子炉等による災害から必然的に保護される結果となるのであるから、原子炉施設周辺住民を含む一般国民の右利益は、講学上のいわゆる反射的利益に該当し、原告適格を基礎付け得る法律上の利益には該当しないというべきである。

(三) ところで原判決は、「規制法、特にその二四条一項四号は、公共の安全を図るのと同時に、原子炉施設周辺住民の生命、身体、財産を保護することを目的としている。」と判示する。

しかしながら、原子炉等規制法二四条一項四号が「原子炉等による災害の防止」という公益の保護を目的とすることはその文言上明らかであるが、それと同時に原子炉施設周辺住民の利益の保護を目的としていると解すべき実定法上の根拠はない。もつとも右にいう原子炉等による「災害」の意義が原判決のいうように「多数人の生命、身体、財産に損害を及ぼすこと」と同義であり、したがつて、右にいう「災害の防止」という公益は多数人の個人的法益(私益)の集合したものと解すべきだとしても、以下に述べるとおり、そのことから直ちに右の規定が原子炉施設周辺住民の利益をことさらに保護しているという結論にはならない。

まず、一般に、行政法規が、公共の利益を保護するため個人の権利・利益に制約を課する権限を行政庁に付与している場合に、行政庁がその法規の趣旨にそつて行政処分をした結果、その個人の権利・利益が制約され公益が保護されるならば、その公共の利益の背後に想定される個々人の利益も同時に保護されることになるという現象が生ずることがあり得る。しかし、この場合の利益は、当該行政法規自体が目ざす直接の目的とは異なる反射的利益ないし間接的利益、あるいは単なる事実上の利益でしかないから、このような公共の利益の背後にある個人的利益を取り上げて、そこに法的に保護すべき私人の権利ないし利益を認め、それら個々人に当該行政処分自体の瑕疵を争う資格を付与すべきであるとする考え方は是認することができない。また違法な行政を是正し、私人の利益を厚く保護するためには、広く司法救済の門戸を開くことが望ましいとして、できる限り訴えの利益を緩やかに解し、原告適格をも広く一般化することにより訴訟の客観化を図ろうと試みる見解もある。しかし、もし、かかる見解を肯定し、原告適格を広く公共の背後に存する不特定多数の個々人すべてに認めるに至れば、三権分立機構の中での行政作用に対する司法作用の介入、更には具体的な事件又は争いとは直接関係のない一般国民が、行政部の措置に対する不平不満を投げつけるための手段として裁判所を利用することを承認することとなり、その結果裁判所をして行政に一般的に干渉させることとなり、三権分立の否定につながる事態を招くことにもなりかねない。行政庁が、行政処分をするために、公共の利益について考慮する際には、その背後にある個々人の利益をも念頭に置くにしても、このような利益は、公共上の一般的、共通の利益から特に識別される個別的、具体的なものでない限り、せいぜい公益の枠内に存する他の多数の個人の利益と同様、行政庁が行政処分をなすに当たり、その判断過程において考慮する一要素にすぎないのである。行訴法九条の「法律上の利益」は、一般的、抽象的利益では足りず、個々の法律が個別的、具体的に保護しようと意図する利益でなければならず、同法上の「法律上の利益を有する者」とは、他の一般国民あるいは他の一地方の住民全体という不特定多数の者とは特に区別される個別的、具体的利益を受ける者でなければならない。そうでなければ、一般国民ないし一地方の住民は、法の規定による一般的、抽象的な保護を受けているのであるから、何人でも、一般国民ないし一地方の住民として共通に有する一般的、抽象的利益ないし単なる事実上の利益、更に将来のばく然とした期待的利益等を理由として、訴えを提起し得ることになり、裁判所に自己の利益を侵害されたとして訴えを提起し得る者の資格を法が特に制限している趣旨を無視する結果を招くことになる。

そこでこれを原子炉等規制法の場合について見ると、原子炉等規制法二四条一項四号が「原子炉等による災害の防止」という公益の保護を目的としてはいるものの、それ以上に原子炉施設周辺住民の私益を個別的、具体的にかつ公益から判然と区別されるものとして保護しているものでないことは明らかであるといつてよい。原判決がいうように、同法二四条一項四号が保護している「災害の防止」という公益が多数人の個人的法益(私益)の集合したものと理解すべきだとしても、右の「災害の防止」という観念は、特定の個人が直接利益の主体となり得るような個別性を帯びたものではなく、広く公共の利益の維持を目的とするものであることは明らかであり、「災害の防止」という公益を確保することによつて、その結果必然的に特定の個人、例えば原子力発電所付近の具体的な個々の住民の安全も当然に確保されるという関係になるのである。そしてこのような個人的利益は、前に述べた意味での公益に完全に包含され、そこに解消されてしまう性質のものであるから、法が特にこれを個別的、具体的に保護していると解し、行訴法九条にいう「法律上の利益」に当たると解すべき理由はない。

(四) 原判決は、原子炉等規制法二四条一項四号の趣旨を解釈するに際し、「規制法の付属法規である規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二条、九条及び規制法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安全設計審査指針、原子炉立地審査指針、気象手引は、いずれも原子炉施設周辺における放射線被ばくを軽減し、かつ、原子炉施設周辺住民が原子炉事故による災害を被ることを防止することを重要な目的としていると解される」と判示し、このことから同法二四条一項四号は原子炉施設周辺住民の私益をも保護の目的としているとする。

なるほど、右の立地審査指針等を見ると「周辺の公衆」という語を使用し、例えば「重大な事故の発生を仮定しても周辺の公衆に放射線障害を与えないこと(立地審査指針〔別紙一〕一、一―二、a)」という定め方をしていることは明らかであるが、右指針・手引は放射線被曝が原子炉施設周辺に始まつて遠方に及ぶ性質があることにかんがみ、原子炉施設周辺においてこれを監視し、放射線を一定のレベル以下に抑えるという方法を審査の方法として採用しているにすぎないものであるから、原子炉施設の周辺住民の利益を特に保護することを目的とする規定であるということはできない。

また、原判決が右の解釈をするについて重要な根拠としたこれらの指針・手引は、「指針」とか「手引」といつた名称を使用していることからも明らかなように、いずれも、委員会においていわゆる安全審査をする際の内部的な指針を定めた内規というべきものであつて、法の許容する範囲内であればそのような定めを置くことはもちろん、その内容の決定及び規定の仕方についても行政庁の裁量に任せられているというべきであるから、原子力発電所の立地等の審査方法を定めるに当たりたまたま右のような表現が用いられているからといつて、そのことから遡つて原子炉等規制法が原子炉施設周辺住民を保護の対象としているとの結論を一義的に導き出すようなことは誤りであるといわざるを得ない。もしそうでないとすれば、これらの指針・手引の定め方によつてあるときは原告適格が認められ、あるときは認められないというようなことになり、その時の内規の内容いかんによつて制定法である原子炉等規制法の意義が左右されるという不都合な結果を生ずることとなる。

(五) 原判決は、原子炉施設住民に原告適格を認めないとするならば、「原子炉の災害によつて生命、身体及び財産を侵害される蓋然性のある原子炉施設周辺に居住する住民は、現実に損害を受けない限り、原子炉設置許可処分の違法性を追及できないという不都合な結果を招くことにもなる」と判示するが、右周辺住民は違法な原子炉設置許可によつて直接何らの利益も害されるものではなく、原子炉設置者の違法な運転行為がなされた場合にそれによつてその私益を侵害されるものであること、そして、右災害発生の原因者である原子炉設置者を被告として妨害予防の訴え等の民事訴訟を提起することによつて、自己の法益に対する侵害行為を事前に予防する途も認められていることは前述のとおりであるから、右周辺住民に原子炉設置許可そのものの違法を争う行政訴訟の原告適格を認めなくてもいささかも不都合な結果を生ずることはない。

5 原告適格の存在とその主張、立証の程度

(一) 本案前の問題は、行政訴訟においては、民事訴訟におけるそれとは本質的な意味を異にしている。すなわち民事訴訟における本案前の問題は、本案審理を開始する要件であると同時に本案判決をするための要件であつて、本案審理の必要性のない訴えを整理して、裁判所の無駄な手数をはぶくとともに、必要のない訴訟に対する応訴に煩わされることから被告を保護する機能を営むだけのものであり、このことは、民事紛争の解決があげて裁判所にゆだねられていることに由来するのに対し、行政訴訟における本案前の問題は、右の民事訴訟における本案前の問題が有する意味と併せて、行政に関する紛争の解決における行政と司法との役割分担という見地からする司法の行政への関与のための条件を設定する意味をも有しているのである。

したがつて、取消訴訟において原告適格を有するというためには、ある行政処分によつて原告が何らかの損害ないし不利益を受けることをばく然と抽象的に主張するだけでは足りず、行政処分によつて損害ないし不利益を受ける過程、損害ないし不利益の内容を具体的に主張する必要があり、これらの点についての主張がそれ自体において論理的、経験的に根拠のあるものでなければならない。

そして、本件原子炉の危険性をいう控訴人らの主張が具体性を欠くことは原審において詳細に主張したとおりである。

また、本件許可処分は、これに後続する工事の計画の認可、申請者の具体的、現実的な工事の施行とその完成、使用前検査への合格を経て、初めてその運転に至り、控訴人らの主張する被害なるものとの関連が生ずることとなるのであり、控訴人らのいう被害なるものは、本件許可処分の段階においては、これをいかに強調してみても、本来的に、観念的、抽象的、一般的であることを免れ難いのである。

したがつて、控訴人らが本件訴えについて訴えの利益を有すると認めるに足りないから、控訴人らは本件訴えについて原告適格を有しないものである。

(二) 原判決は「証人藤本陽一、同槌田劭、同久米、同市川の各証言に照らせば、原子炉の平常運転時における微量放射線の被ばくによる障害の発生の危険性の存在や、原子炉の炉心溶融に至る事故の発生することを指摘する専門家の見解があることが認められ、したがつて、原告らの主張が直ちに、論理性、経験性、具体性を欠いた仮定的な見解であると即断することはできない。」と判示するが、本件のように行政処分と発生すると主張されている被害の発生との間の因果関係を認定するのに高度の専門技術的判断を要する分野については、事柄の複雑性の故に常に反対の見解が存在することは避けられないことであるから、このような場合に、専門家の見解の中味を吟味することなしに、ただ単に控訴人らの主張にそう専門家の見解が存在するという理由だけで右のように判示し、控訴人らの原告適格を認めることは、結局のところ、被害発生の危険性を抽象的に主張しさえすれば原告適格を認める立場とさほどの差異はないということになる。そうだとすれば本案審理を開始する要件でもある原告適格はほとんどその存在意義を失い、前記のような本案前の問題の有する意義(すなわち本案審理の必要性のない訴えを整理し、裁判所の無駄な手数を省略し、必要のない訴訟に対する応訴の煩わしさから被告を解放することを本旨とする一方、特に行政訴訟にあつては、それのみにとどまらず、行政と司法との役割分担、行政に対する司法の関与条件の設定という重要な機能を営むこと)を無に帰させることとなるだけでなく、このような場合にまで原告適格を認めることは、個別・具体的な利益の救済を目的とする取済訴訟を民衆訴訟と区別し難くする結果を生じ、主観訴訟を建前とする法の趣旨にも反することとなる。

したがつて、原判決中右の判示部分が失当であることは明らかである。

(三) なお、原判決は、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないとした被控訴人の判断は相当と認められると判示したところからも明らかなように、控訴人らがその原告適格を基礎付け得るとした原子炉の平常運転時における微量放射線の被曝による障害の発生の危険性の存在や、原子炉の炉心溶融に至る事故の発生の危険性についての控訴人らの主張はこれを採用しなかつたのである。

ところで、本件のように原告適格を基礎付ける権利侵害ないし不利益の主張、立証が同時に本案である行政処分の違法性を基礎付ける事実の主張、立証とが少なくとも一部重なり合う場合には、本案前の審理と本案の審理がある段階までは同時に行われることはやむを得ないところであるが、右のようにある時点で原告適格を基礎付ける事実の立証がないと判断されたときは、本案判決に進むことなく訴え却下の判決をすべきであつたと解されるから、訴え却下の判決をせずに請求棄却の判決をした原判決には、この点で違法がある。

以上に述べたとおり、控訴人らが本訴につき原告適格を有しないことは明らかであり、控訴人らに原告適格を認め、被控訴人の本案前の抗弁を排斥した原判決は違法であるから、速やかに職権をもつて原判決を取り消した上、控訴人らの本件訴えを却下するとの判決を求める。

(本件訴訟の審理の在り方――本件許可処分の裁量処分性について)

控訴人らは、原判決が原子炉設置許可をもつて裁量処分と判示した点につき、これを誤りであるとして批判するので、以下、当審においても、再度この点についての被控訴人の見解を述べておく。

1 専門技術的裁量の意義

(一) 控訴人らは、原子炉設置許可に際しての被控訴人の裁量としては、原子炉等規制法二四条一項四号の要件(以下「四号要件」という。)の充足を確認した上での政策的配慮による許否の裁量が存するのみで、その前段階である、四号要件の充足の判断、すなわち安全性の確認そのものについては裁量の余地がないという。控訴人らのいおうとするところは、要するに、原子炉設置許可をするについては、当該原子炉の安全性が確保されていることが絶対の要件であるから、その安全性の有無の判断については被控訴人の裁量の余地はなく、原子炉設置許可は裁量処分ではないということに尽きるようである。

しかし、控訴人らの右主張は、以下に述べるとおり右四号要件の多義性及び裁量の意味、特に専門技術的「裁量」の意味を十分理解しないものである。右の安全性の要件が充足されているか否かの判断についても、以下に述べるような意味において、裁量の余地があるのである。すなわち、①四号要件の充足の判断が、単なる事実判断ではなく価値判断を含むものであることは疑いがない。そして四号要件を一見すれば明らかなように、右要件の「災害の防止上支障がないものであること」という表現自体抽象的、包括的であり、かつ裁量概念を含むものであるから、そこに行政庁の専門技術的裁量を予定している立法者の意思を読み取ることができる。法がそこで予定している行政庁の裁量としては、少なくとも次の二点が考えられる。第一は具体的な審理基準あるいは判断基準の策定についてのものである。法が四号要件において抽象的な許可基準を設定するのにとどめているのは、原子炉設置許可の際問題とされる事柄が極めて先端的な高度の専門技術的事項に係るものであり、しかもそれについての技術及び知見が不断に進歩・発展・変化しつつあることを考えるならば、その許可基準について法律をもつてあらかじめ具体的かつ詳細な定めをして置くことは、かえつて判断の硬直化を招き、十分かつ適切な安全審査を行うことを困難にするおそれがあるところから、決して適切な定め方ということはできず、その審査基準あるいは判断基準の具体的内容については、これを下位の法令及び実際の判断基準にゆだねるのが妥当であるとする趣旨に出たものと解される。したがつて、四号要件は具体的な審査基準あるいは判断基準を策定して行政庁の個別的・具体的な判断過程にまで統制を及ぼすことを避けているのであり、具体的な審査基準あるいは判断基準の内容については、法の委任する合理的な範囲内でこれを行政庁の裁量にゆだねているというべきである。裁量の第二は、四号要件の充足の判断に至る判断過程についての裁量、すなわち、どのような根拠に基づき、どのような判断を経て、その要件を充足するとの結論に達するかについての裁量である。右の審査に係る原子炉等は、時代の最先端を行く高度の科学技術及び知見を動員して作られた極めて複雑な技術体系を有するものであるから、これに係る安全性の判断は特定の専門分野のみならず、関連する多くの専門分野の専門技術的知見を動員したさまざまの個別的な判断の集積と、そのときの科学的技術的知見、実績、審査委員の学識、経験等を結集した上での総合的判断の上に成り立つことにならざるを得ない。しかも、右の安全性の判断にはその時点において確定することが可能な事項による影響についての判断にとどまらず、その時点において確定不可能な将来の予測に係る事項についての対策の相当性に関する判断までが含まれるのであるから、その判断は極めて複雑多岐な事柄についての評価・判断の総合の上になされるものであり、価値判断を本質的に伴うものである。このような四号要件に関する判断過程の構造、判断自体及びその対象の性質からするならば、四号要件の充足の有無についての判断は不可避的な行政庁の裁量を伴うものというべきである。②ところで行政庁の裁量は、政策的裁量と専門技術的裁量とに大別できるが、それぞれにおいて、「裁量」の持つ意義あるいはその機能の仕方が異なつている。前者の場合は、具体的方策の選択の点に裁量の問題が現れる。例えば、ある行政処分に際しての政策的判断につきA、B、Cの三つの方策がある場合に、行政庁は政策上の見地から諸般の状況を総合勘案してAの方策を選択したとする。この場合その選択の適否が争われた訴訟において、仮に裁判所自身の考えとしてはBの方策のほうが妥当であると考えたとしても、右の行政庁の選択に裁量権の濫用、逸脱がない限り、その行政処分を不当としてこれを取り消すことはできない。これに対して、後者の場合には「裁量」の持つ意義は、主として専門技術的判断を必要とする行政処分の要件が定められている場合に、右①において述べたようにどのような根拠に基づきどのような判断を経てその要件を充足するとの結論に達するかという判断過程に関連して存在するといつてよい。すなわち、判断の方法・根拠等について、専門技術的見地に基づく選択の余地があるのである。本件に即して一例を挙げれば、一次冷却材喪失事故時を想定した場合の燃料被覆管の健全性を判断する方法には、燃料被覆管に掛かる応力に着目する方法、燃料被覆管の温度と酸化の程度に着目する方法の二つがあるが、このいずれの方法もそれ相応の合理性を有しており、具体的な安全審査の場において右いずれの方法を選択したとしてもそれが誤りであるとすることはできないはずのものである。そして、この場合、右の点についての選択の当否が行政処分の取消事由として訴訟上争われたとしても、裁判所は、性質上、右選択の当否を決することはできないというべきである。このように判断過程に裁量が認められるべき事項は、四号要件の充足の判断についていえば、随所に存在する。

以上要するに、専門技術的判断の際の右のような判断過程における選択については、事柄の性質上、通常、裁判所が直接当否を決することができないところの領域が存するというべきであり、それが正に専門技術的裁量の観念の妥当する領域なのである。

(二) そして、行政庁の裁量が控訴人らのいうように法律効果の選択についてのみ固有の領域にとどまるのではなく、広く法律要件への当てはめの領域においても認められていることは既に確立された判例となつている(最高裁昭和三三年七月一日第三小法廷判決・民集一二巻一一号一六一二ページ、最高裁昭和三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九ページ、最高裁昭和四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三ページ)。また、我が国及び西ドイツの多くの学説もこれを認めている(山田幸男「自由裁量」行政法講座第二巻一二五ページ以下参照)。

ところで、原子炉等規制法二四条一項四号にいう「災害の防止上支障がないものであること」という要件が講学上いわゆる不確定概念であるかどうかについては論議もあり得ようが、右の要件充足の認定に至る判断過程には原子炉の安全性に係る前述したような意味での専門技術的裁量の余地があり、更に、原子炉の安全性に係る諸条件がいかなるレベルに達するならば右の要件を充足すると判断するかについても判断の幅があり得ることを考えると、右の要件は、本来、その内容を一義的に定め得るような性質のものでないことは明らかであるから、その要件充足の認定の当否についての司法審査の在り方について考察する場合に、昨今不確定概念について学説上論議されているところが十分参考になる。

一例を挙げれば、南博方、原田尚彦、田村悦一編「行政法(1)行政法総論」一五〇ページは、法律が不確定概念を用いて行為の要件を定めている場合のそれについての行政の裁量的判断について次のように論じている。すなわち、「たしかに、不確定概念の多く(とくに、経験的事実・状態などに関する経験概念、たとえば、「相当な理由」、「適当な保護者」、「応急の救護」など)は、客観的な経験法則によつて確定することの可能な法概念であり、したがつて、右の経験法則と異なる解釈が違法を構成し、司法審査に服することは、一般に承認されている。しかし、不確定概念のなかには、その解釈・価値判断についての客観的基準が存在しないために、裁判所の判断をもつて、行政庁の判断におき代えることが不可能、もしくは、いちじるしく不適当であるような行政の政策的・専門技術的な事項に属する概念の存することは否定することができない。このように行政の政策的・専門技術的事項に属するため、客観的な経験則・論理則・一般に承認された解釈法則・一般に妥当する価値基準によつては一義的な解釈へと導き得ない不確定概念は裁量概念と解すべきであり、行政の解釈・判断に優先権が与えられなくてはならず、その要件裁量に瑕疵がないかぎり、司法審査に服さない。」としているのが、本件の場合にも参考になる。

(三) なお、控訴人らは、被控訴人が原子炉設置許可は裁量処分である旨主張したことをもつて、原子力発電所周辺住民の安全と他の公益とを比較衡量した上で右許可の許否を決すべきである旨の主張と理解しているようであるが、これは全くの誤解である。被控訴人は、例えば「原子炉の安全性が確保されずとも、それはその効用の故に許容されるべきである」などというようなことは一言たりとも述べてはいない。原子炉が安全でなければその存在が許容されないのは自明のことである。被控訴人の提起している問題は、原子炉が安全であるとした行政庁の判断の当否を裁判所がどのようにして判断すべきかという点に関するものであり、その判断過程には、前述のように裁判所が直接その当否を判断できない領域があり、その領域に相当するのが専門技術的裁量であるというのが被控訴人の主張の趣旨である。

2 本件訴訟における審理の在り方

(一) それでは原子炉の安全性に係る司法判断はどうあるべきであろうか。控訴人らのこの点についての主張は、要するに、四号要件に該当するか否かは、裁判所が原子炉の安全性に係る事項について具体的に実体審理をした上で判断すべきものであつて被控訴人の裁量にゆだねられたものではないとするようである。つまり、この主張は、実質的には、あたかも裁判所自らが行政庁と同じような立場に立つて原子炉の安全性に係る事項をこと細かに具体的に審理し、その結果の判断に基づいて本件許可処分の当否を決めるべきであるというもののようである。

しかし、そもそも、裁判所が被控訴人の判断を全く前提とせずに、いわば白紙の状態からある原子炉が安全であるか否かについて審理し判断するというようなこと、すなわち本件原子炉の安全性に関していえば、安全審査会が行つたところの判断に至る過程を裁判所が自らあたかも安全審査会が行つたと同様にこれをフォローしてその当否を確認する作業を行うというようなことが行政処分の適否についての司法審査の在り方として到底適切といい難いことは多言を要しないところであろう。また原子炉の安全性の問題は、事柄の性質上、専門の科学者の間において論議の対象となつており、高度の専門的・科学的知見によらなければ判断のできない事項であるが、このような問題について、全くの非専門家である裁判官が独自の立場においてその安全性について実体的に判断するというようなことが行政処分の適否についての司法審査の在り方としては適切ではないことは明らかである。すなわち現行制度の下において裁判所がそのような審理、判断をするようなことは全く予定されていないところといわなければならない。

もとより、原子炉等規制法二四条一項四号にいう「災害の防止上支障のないものであること」という要件そのものは、法的概念であるが、そのことから直ちに、控訴人らが主張するように、行政庁の四号要件への適合性の判断について裁量の認められる余地はなく、その判断過程についても裁判所の全面的かつ具体的な実体判断に服さなければならないという結論になるものではない。すなわち、四号要件を充足するか否かということについての判断は、原子炉の安全性に係る科学的判断、しかも、極めて高度の専門的知見に基づくそれを抜きにしては考えられず、それと、いわば不可分一体をなすものである。原子炉等規制法二四条二項が原子炉設置許可の基準の適用について委員会の意見を尊重しなければならない旨規定するのも、原子炉の安全性に係る事項に関していえば正にこのことを示すものと解されるべきである。このような場合、右許可の適否に関する司法審査の場面において裁判官が独自に、安全審査会と同様の立場において、原子炉の安全性に係る科学的判断を行い、それに基づいて、自らの判断と一致しない行政庁の判断を非とするというようなことが行政の適法性の司法審査における裁判所の在り方として極めて不適当であることは論をまたないところであろう。

(二) 被控訴人は、原子炉の安全性に係る被控訴人の判断について裁判所が一切その当否を審理できないなどと主張するものではないことはもちろんである。問題は、裁判所がどの程度まで専門技術的内容に立ち入って審理し、判断すべきかということである。

以上に述べたところに照らせば、本件訴訟における裁判所の審理は、原子炉の安全性に係る被控訴人の判断を前提として、それが行政庁としての立場における判断として相応の合理性があるか否かを判断するためのものになるべきであるといわなければならない。そして、このような判断は、専門技術的事項に係る被控訴人の判断について、その過程を事項ごとに個々に分解して各事項ごとにその当否を直接決めていくという形のものでなく、それを総合的、全体的に考察して合理性があるか否かをレビューするという形においてなされるべきものであるから、裁判所の審理は、被控訴人の判断についてそこに明白な不合理があるか否かを審理して判断するというものにならざるを得ないのである。

結局、被控訴人が従来述べてきたように、「被控訴人の判断に、本件原子炉の安全性に本質的にかかわるような明白な不合理があるか否か」ということが本件訴訟における審理の眼目となるべきものであり、審理の結果、裁判所が右のような明白な不合理があると認めた場合に初めて行訴法三〇条にいう行政庁の裁量権の濫用、逸脱があつたものとして本件原子炉設置許可を取り消すべきことになるのである。

(三) 旅券法一三条一項五号により外務大臣のした旅券発給拒否の処分が違法でないとした最高裁昭和三三年九月一〇日大法廷判決(民集一二巻一三号一九六九ページ)で是認された右事件の東京高裁の判決(昭和二九年九月一五日判決・下級民集五巻九号一五一七ページ)は次のように述べている。すなわち、「……外務大臣が恣意に基いて旅券発給を拒否した場合は格別、自己の識見信念に基いてなした場合は、その判断の前提たるべき事実の認識についてさしたる誤りなく、又その結論にいたる推理の過程において著しい不合理のない限り、裁判所としてもその判断を尊重すべく、裁判所の判断の限界はここに一線を劃すべきである。」と。このような考えは事が外交政策であるが故に初めていえるというものではなく、右の判示の根底を流れる、裁量行為における行政庁の第一次判断権尊重に関する考え方は、基本的には、本件にも十分妥当するのである。

また、近時、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一二二三ページ)が、外国人の在留期間の更新不許可に係る事案につき、裁判所は、法務大臣の、出入国管理令二一条三項に基づく「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である、と判示したところは、事案の性質の相異を勘案してもなお、これまで述べてきた被控訴人の主張にそうものであり、本件訴訟についても十分参考に値するものである。

(四) なお、控訴人らは、被控訴人の主張に従うと、同じく原子炉の安全性が問題とされる場合であつても、電力会社を被告とする差止訴訟と本件のような取消訴訟とでは、裁判所の審理の在り方が異なることになつて不合理であるかのように主張する。

しかし、右主張は、民事訴訟たる差止訴訟と行政訴訟たる取消訴訟との、性質上、機能上の相異を理解しないものである。すなわち、電力会社を被告とする差止訴訟においては、原子炉の「危険性」に基づく差止請求権の存否が審理の対象となるのであろうから、その存否の判断をするためには、事柄の性質上必然的に原子炉の安全性に係る専門技術的事項をそれ自体について相当程度実体審理することになると解されるのに対し、本件訴訟のような取消訴訟においては、行政庁のした原子炉設置許可についての取消事由の有無、すなわち、同許可に至る判断にそれを取り消すに値するような不合理があつたか否かということが審理されることになるのであるから、裁判所は原子炉の安全性に係る専門技術的事項については行政庁のした判断に、当該原子炉の安全性に本質的にかかわるような明白な不合理が存したか否かということを判断するのに必要な限度においてのみ審理すべきことになるのであり、両者において裁判所の審理の在り方が異なるのは当然のことといわなければならない。

(安全審査について)

控訴人らは、本件安全審査の手続に違法があるとし、また、本件安全審査ないしは原判決に誤りがあるとして、るる主張するが、原審における被控訴人の主張立証に照らして、いずれも理由がないというべきである。以下において、基本的な問題である安全審査の位置付け、その対象、在り方等について述べておく。

1 安全審査の位置付け

(一) 産業設備の設置者等の安全確保責任と行政規制との関係

(1) 潜在的な危険性を有する各種の産業設備の安全確保は、元来、当該設備の取扱いに直接携わる者、すなわち、それを設計、製造・建設・設置、運転・操業等する者(以下「設置者等」という。)がその責を負うべきものである。すなわち、産業設備の設置は、本来は、設置者等の自由にゆだねることができるものであるから、その安全性の確保もまた設置者等の責任においてまず図られるべきものである。

ところで、国において、公益上の理由等から、産業設備の設置等に干渉しこれを規制する例は多いが、本来規制するか否か、また規制するとしてもどのような見地からどのような手段・方法によつてするかは、国の立法裁量に属する事柄である。そして、法律が産業設備の設置等についてその安全性を確保するために規制すべきことを定めている場合であつても、それは、公共の安全を確保する必要の認められるものについて、その目的達成のために、行政機関に対して産業設備の設置者等の行動等の自由を規制する一定の権限を与えるとともに、一定の条件下においてその権限を積極的に発動させることによつて、設置者等の不十分な点又は行き過ぎを監視して、それを防止する等の機能を果たすことを目的とするものであつて、このような規制をすることによつて、国が産業設備の設置者等の安全確保責任の全部又は一部を肩替りしたり、又は、設置者等に代わつてその安全性を国民に対して直接保障するようなことまでをその目的とするものではない。このような意味において、設置者等は、当該産業設備について第一次的な安全確保の責任を負う。

要するに、行政上の規制手続は、あくまでも、右のように産業設備の設置者等が安全確保の第一次的な責任を負うことを前提としつつ、公共の安全の確保等の観点から設置者等の行動等に制限を加えるという意味において、安全の確保に対し、いわば第二次的、後見的立場において機能するものということができる。

(2) 行政規制の内容も、その権利制限的な性質にかんがみ、おのずから限界があり、行政目的達成のために必要な限度にとどめるべきものであることはいうまでもない。その場合の規制の在り方としては、一般に設置者等の安全確保義務を尽くさせるために、いわば公益の代表者としてこれを監視・監督するのである。国は、行政規制の手続中においては、産業設備の設置者等の申請等に基づき、当時の学問的・技術的水準に基づいて設定された一定の基準にのつとり、右産業設備の安全性に欠ける点がないかどうかを検討した上で、必要があれば、法律によつて認められた規制権限を発動し、それによつて公共の安全を確保することを職責とするものである。したがつて、行政規制の手続においては、国が自ら積極的に当時の学問的・技術的水準を超える知見を求めて安全確保のための技術に関する研究・開発等を行うようなことまで、その目的とされているものではない。産業設備の安全確保に関する研究・開発等が必要な場合においても、右(1)の理は基本的に同じであつて、第一次的には当該産業設備の設置者等がそれを行うべきものである。国が何らかの政策的必要から自ら積極的に産業設備の安全確保のための技術に関する研究・開発等を必要とする場合には、それは、行政上の規制手続においてではなく、例えば、そのための専門機関(原子力の分野での例を挙げれば、日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団)を設置して行うこととすること等が常であつて、右手続においてそのような研究・開発等を行うことはないのである。

(二) 発電用原子炉に係る行政規制の特色

発電用原子炉に係る規制の体系は、他の産業設備の場合の規制の体系と比較すると、以下に述べるとおり、現行法体系の下における最も厳格な段階的かつ複合的規制の手法が用いられたものとなつており、発電用原子炉の安全確保については、現在立法上十分に手厚い配慮がなされているといえる。そして、本件で問題となつている原子炉設置許可手続は、発電用原子炉の安全確保を図るために原子炉等規制法等が予定している規制手段の一部であつて、安全確保のための段階的・複合的規制の一連の体系の冒頭に位置し、安全確保の観点からは、後記のとおり、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に対する規制を分担する手続である。

(1) 産業設備の安全確保を目的とする行政上の規制手続は、産業設備の種類、規制の行われる段階等に応じて種々の態様のものがある。その代表的な態様には、許可、認可、届出、検査等があり、また、規制の行われる段階は、一般に、おおむね次の四つに区分できる。

① 当該産業設備の設置あるいはそれに係る事業の許否を決める段階

② 製造、建設・工事に着手する段階

③ 運転・操業を開始する段階

④ 運転・操業開始後の段階

もつとも、行政上の規制を受けるすべての産業設備について、必ずこの四つの規制段階が明確に区分できるわけではない。例えば、火薬庫についていえば、火薬類取締法一二条の火薬庫設置許可は右の①、②の両段階にわたるものであり(同条二項、同法施行規則二二条以下参照)、同法一五条の完成検査は③の段階に相当し、同法一四条の修理等の命令は④の段階に相当する。また、液化石油ガス販売事業についても、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律三条、五条、一二条、一六条等の規定を見れば、同様な規制の構造となつていることが分かる。

更に、規模の大きい産業設備、例えば、石油パイプラインについて見れば、①の段階に相当するものとして石油パイプライン事業法五条の石油パイプライン事業の許可及び八条の施設等の変更許可が、そして、②の段階に相当するものとして同法一五条の工事計画の認可がそれぞれ設けられており、③の段階に相当するものとしては同法一六条の完成検査、④の段階に相当するものとしては同法二九条の保安検査等がある。石油パイプラインについての規制の構造を前記の火薬庫等の場合と対照すると、①と②の段階が明確に区分され、それぞれの段階ごとに規制手続が設けられ、①の段階においては安全確保のための基本的事項に係る規制がなされ、②の段階においては具体的な設計等が既定の具体的な技術基準に適合することが確認されることとなつている点に特徴がある。

発電用原子炉についての規制体系を見ると、右の四つの段階が明確に区分され、それぞれに対応する規制手続が設けられていることが理解できる。この規制体系は右に述べた石油パイプライン事業についてのそれと基本的には類似している。すなわち、その体系の重要な点を述べれば、発電用原子炉を設置する者は内閣総理大臣の許可を得なければならず(原子炉等規制法二三条)、そののち工事に着手する際に、詳細かつ具体的な設計内容等に関する工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならない(電気事業法四一条。なお、発電用原子炉については、原子炉等規制法二七条から二九条までの規定は同法七三条によつてその適用が排除されている。)。そして、建設・工事の工程ごとに行われる使用前検査に合格しなければ運転を開始することができないし(電気事業法四三条)、運転開始後においては、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならないこととされている(同法四七条)。このような厳格な段階的規制が採用されたのは、法が発電用原子炉の安全確保について手厚い配慮をしていることの表れである。

原子炉設置許可が前記①の段階に相当する規制手続であることは明らかである。したがつて、原子炉設置許可は、原子炉等規制法等が発電用原子炉の安全確保のために予定している段階的規制手続の冒頭の部分に位置し、発電用原子炉の安全確保のための基本的事項に係る規制を行うものであるが、しかしながら、それのみによつて自己完結的に安全確保のための規制が完了するものでないことは、右の一連の手続構造から見て当然のことである。また、他の産業設備の場合と対照して原子炉設置許可に特徴的なことは、当該行政庁の審査のほかに、委員会の審査(安全審査会においては、安全審査)が行われることである。すなわち、内閣総理大臣は、原子炉設置許可申請を受けた場合には、その申請が原子炉等規制法二四条一項各号所定の各基準に適合するか否かについて委員会の意見を求め(同条二項)、委員会は、当該原子炉の安全性に関する事項については、更に、委員会に設けられた安全審査会にその調査審議方を指示し(設置法一四条の二)、同審査会は、後記のような方式によつて、当該原子炉の安全性が十分確保できることとなつているかどうかを専門技術的見地から調査審議し、その結果を委員会に報告する。そして、委員会は、その報告を踏まえた上、前記各基準への適合性について判断して、それを内閣総理大臣に答申し、答申を受けた内閣総理大臣は、これを十分尊重して(原子炉等規制法二四条二項)当該申請に対する最終的な判断を下すこととされている。このような行政庁の審査のほかに、委員会(安全審査会)の安全審査が行われることとされたのは、法が発電用原子炉の安全確保について他よりも手厚い配慮をしていることの証左といえよう。

(2) 発電用原子炉には、原子力施設としての面と電気工作物としての面との二つの面がある。法の規制もこの二つの面から複合的に行われている。すなわち、原子力施設としての面については原子炉等規制法に基づく規制を受け、電気工作物としての面については電気事業法に基づく規制を受ける。この二つの法律は、その規制に齟齬を来たさぬよう、相互の関連を考慮の上規定されているから(原子炉等規制法七一条、七三条等、電気事業法四五条、四六条等参照)、発電用原子炉に係る規制体系を十分理解するためには、この二つの法律の関連を踏まえて関係規定を検討することが不可欠である。

発電用原子炉が、電気事業法二条七項にいう電気工作物であることはいうまでもない。そして、同法は、その規制体系において、発電用原子炉を他の電気工作物と特に区別して扱つておらず、電気工作物一般に適用される規定はすべて発電用原子炉にも適用される(ただし、事柄の性質上発電用原子炉にのみ適用される規定がある。同法四五条参照)。同法は「公共の安全の確保」を基本的目的の一つとして掲げており(同法一条)、その目的にそう多くの規定を設けているが(特に同法四一条から五七条までの規定)、それらはすべて発電用原子炉にも等しく適用される。換言すれば、発電用原子炉の安全確保の観点からも、これらの規定は十分機能することが予定されている。例えば、原子炉の具体的な設計に関する規制についてみれば、電気事業法四一条の工事の計画の認可の際に具体的な技術基準(原子力設備技術基準及び発電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和四五年通商産業省告示第五〇一号))に対する適合性の有無等が確認されることになつている。

以上のように、法は発電用原子炉の安全を確保するために、電気事業法上の安全確保に係る規制体系に加えて、更に原子炉設置許可に際しての安全審査の制度を設けるという、複合的な規制体系を設けているのであり、原子炉設置許可は、右の二つの規制体系の冒頭の部分を占め、当該発電用原子炉の安全確保のための基本的事項についての規制を行つているものである。

2 安全審査の対象

安全審査の対象は、以下に述べるとおり、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針である。

(一) 安全審査は、当該申請内容の許可基準(特に原子炉等規制法二四条一項四号)への適合性の有無を判断することを目的とするものであり、その機能は当該原子炉の安全確保のための基本的事項についての規制である。そして、安全審査に際しての判断事項は、当該原子炉施設自体に係る事項であることを考え併せると、安全審査の段階における規制対象は、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針であることにならざるを得ない。

また、後続手続との関連において安全審査の位置付けを見る場合においては、その実際的機能は、原子炉施設の細部にわたる具体的設計(これを仮に「詳細設計」という。)及び原子炉施設の建設・工事の前提となる基本的事項を確定し、これらに対し一定の枠付けを行うものということができる。

(二) 原子炉等規制法二三条二項、原子炉規則一条の二第一項は、申請書の記載事項について規定しているが、これらの規定に照らしても、安全審査の対象が当該原子炉施設の基本設計ないし基本的方針に限られていることが十分うかがえる。すなわち、これらの規定の要求する事項・内容の多くは、数字等を用いた比較的簡略な表現をもつて説明可能なものであつて、そのために詳細設計を示す必要のあるようなものではない。

ちなみに、原子炉等規制法二三条二項五号及び原子炉規則一条の二第一項にいう原子炉施設の「構造及び設備」とは、「災害の防止上支障がないものであること」(同法二四条一項四号)を確認できる程度に特定化した上で各施設を総体的にとらえた概念であるのに対し、同法二七条にいう「設計及び工事の方法」とは、許可の枠組みの内で、右各施設を構成する個々の設備の仕上り状態を前提として、その個々の設備が安全確保上支障のないものとなることが確認できる程度に詳細に規制するために用いられている概念である。また、電気事業法四一条にいう「工事の計画」とは、それと類似した文言である原子炉等規制法二三条二項六号の「工事計画」が文字どおり工事の「段取り」を示す概念であるのに対して、右に述べた原子炉等規制法二七条にいう「設計」に実質的に相当する概念である。このことは、右「工事の計画」の認可に当たつては前記のような具体的な技術基準に照らして詳細設計の当否が判断されることから明らかである。

なお、申請書に添付することが法令上要求されているいわゆる添付書類は原子炉規則一条の二第二項に掲げる書類に限られているが、本件審査当時の安全審査においては、通常そのほかに、参考資料と呼ばれる資料が提出されていた。これは、申請書の記載事項、添付書類の内容の当否を判断する上で前提となる知見、情報等、審査の参考として提供し、あるいは、申請書の記載事項、添付書類の内容を更に詳細に補足説明する等の性質を持つ資料であり、そのようなものとして安全審査の場にのることがあるにすぎないものである。ところで、本件訴訟における控訴人らの本件安全審査の合理性に関する技術的主張の少なからざる部分が、右の参考資料の記載内容自体(しかもその一部分)に対する批判的見解ないし疑問を述べたものとなつているが、これらの記載内容は、右に述べた参考資料としての性質上、原子力発電に関する高度の学問的、専門技術的レベルに属する事柄に係るものが多いから、その学術的当否を本件訴訟の場において議論するのにはふさわしくないものがあることに留意すべきである。

(三) ところで、安全審査においてどの程度具体的な事項についてまで審査する必要があると判断されるかは事項によつて異なる。例えば、審査当時の一般的な技術的知見から見て安全確保上いまだ定型的でない重要な事項については、ある程度具体的な設計にまで立ち入つて審査した上で、詳細設計への枠付けをすることが妥当な場合が多いが、他方、右のような知見から見て安全確保上定型的となつている事項については、詳細にわたる審査を行うまでもなく申請内容の当否を判断できるのであり、のちの詳細設計に対しても一般的な形での枠付けを行うこととなる。

分かりやすい形でいえば、「……について配慮せよ」「……という結果にせよ」等という形の枠付けを与えることとなる程度の審査を行えば足りる場合が少なくない。

若干の例を挙げれば、本件安全審査において、反応度制御棒クラスタについては、「制御棒クラスタの位置調整は、磁気ジャック式駆動装置により、原子炉の上部から駆動される。制御棒クラスタの引抜最大速度は約一一四cm/分以下に制限されていてそれ以上の速度にはなり得ない設計となつている。」(乙第五号証四ページ)旨詳細な安全性の確認が行われ、詳細設計への具体的枠付けとなつているが、ディーゼル発電機等既に定型的となつている技術によつて構成されている非常用電源設備については、「本原子炉施設に必要な電力は、主発電機または一八七KV母線から供給されるが、予備電源として六六KV送電線からも受電できる。これらの電源がすべて喪失しても原子炉施設の安全確保に必要な電力は、ディーゼル発電機および所内蓄電池系から供給できるようになつている。」(乙第五号証六ページ)旨の確認が行われれば十分であり、詳細設計に対する枠付けもより一般的な形で行われている。

(四) 以上で明らかなように、安全審査の対象は原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針であつて、細部にわたる具体的設計(詳細設計)、実際の運転管理上の事柄等は審査対象ではない。例えば、原子炉施設の配管類の地震入力に対する応答倍率については、電気事業法四一条に基づく工事認可に際して具体的に審査されるものであり、また、原子炉の運転に当たつて、脆性遷移温度に摂氏三三度以上の温度を加えた温度で原子炉を使用するという条件をどのような運転を行うことにより守るかということについては、実際の運転方法等を規制する後続の規制措置によつて規制されるものである。

(五) なお、控訴人らは、安全審査の対象が原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針であるとすると安全確保の上で十分でないと危ぐするようであるが、これは、原子炉の安全確保に係る規制体系が、既に述べたように、いわば、原子炉設置許可に際しての安全審査を土台とする段階的構造となつていることを十分理解しない議論である。

すなわち、安全審査の実際的機能は、既に述べたように、詳細設計及び原子炉施設の建設・工事に対し一定の枠付けを与えるものであり、詳細設計の段階においてはその枠付けを前提として設計が行われ、当該設計の当否につき具体的な審査がなされるものであり、原子炉の建設・工事はその詳細設計に従つて行われる。そして、建設・工事が完了しても、その運転開始前において安全審査における枠付け等を踏まえて使用前検査が実施され、それに合格し、更に、保安規定の認可を受けたのちでなければ、原子炉は運転に入ることはできない。

ちなみに、実務上安全審査会の審査が通商産業省原子力発電技術顧問会と合同で行われていることは、安全審査における枠付けが詳細設計及び原子炉施設の建設・工事において満足されることを確保するという実際上の機能を有している。

要するに、行政上の規制手続における原子炉の安全確保の体系は、いわば安全審査を土台とする段階的発展の過程となつており、それによつて十分な安全確保が担保されているのである。

3 安全審査の在り方

安全審査は当該申請内容の許可基準への適否を判断するためのものであるところから、安全審査の在り方等について議論する場合には、次のような点を明確に認識すべきである。

(一) 原子炉の設置許可制度自体、許可基準に適合する原子炉が存在し得ることを当然前提としているから、安全審査は原子力発電の当否自体を議論する場ではない。

そもそも、原子力基本法は、原子力の研究、開発及び利用の全般にわたる包括的な法規範として機能しており、いわば「原子力憲法」ともいうべき存在であるが、原子力関係技術が実用可能であるという認識の上に立つて、これらを積極的に推進するという基本方針を樹立したものである(同法一条)。同法が原子炉の建設を積極的に進めようとしていることは明らかであり(同法一四条から一六条)、そこにいう原子炉に発電用原子炉が含まれることも法文上明らかである(同法三条四号、核燃料物質、核原料物質、原子炉及び放射線の定義に関する政令三条)。そして、原子炉等規制法は、このような立場に立つ原子力基本法にのつとり、原子炉の設置を許可に係らしめたものである(原子炉等規制法二条四項、二三条)。

また、更に、最近「原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五三年法律第八六号)」によつて改正された原子炉等規制法によれば、原子炉を実用化段階に応じて区分し、それぞれの規制官庁を定めることとし、発電用原子炉についても、軽水炉等の実用炉については既設のものも含め通商産業大臣が、高速増殖炉、新型転換炉等研究・開発段階にある原子炉については内閣総理大臣が、それぞれ所掌することとなつた(現原子炉等規制法二三条一項、現規制法施行令六条の二第一項参照)。このことは、高速増殖炉等現在研究・開発段階にある特殊な原子炉はさておき、本件原子炉のような軽水炉は発電用として既に実用段階にあるものであることを明らかにしている。

したがつて、原子力基本法、原子炉等規制法は、発電用原子炉の存在を積極的に肯定し、これが実用の段階にあるものと認識しつつ一定の規制を行つているのであり、これらの法律の下の規制手続において原子力発電の当否自体を問題とし、あるいは一般の発電用原子炉が実用段階にあるか否かを問題とする余地はない。

(二) 安全審査は原子力発電に関する学問的議論の当否を判断する場ではない。

安全審査はその当時の原子力発電技術の現況を前提として当該申請内容の許可基準への適合性を判断するためのものであるから、当時の学問的・技術的水準・状況を超えた段階の知見を求めて審査がなされる必要はない。すなわち、学問的に議論のある問題や技術的に未解決な点については、それはそのような状態にあることを前提にして当該原子炉の安全性が確保できることとなつているか否かを審査すれば足りる。学問的議論は、それにふさわしい場、例えば原子力学会等で行い、安全審査は、その成果を踏まえて行う、という関係にあるのである。

例えば、一次冷却材喪失事故を想定した場合の燃料棒の挙動、冷却水の流入状況等に関するあらゆる現象が現在すみずみまで完全に解明されているわけではなく、学問的専門分野においては、一次冷却材喪失事故に関する各種の議論が行われてきたことは事実である。しかし、そうだからといつて、安全審査においてこれらの議論の問題点をすべて完全に解明しなければ安全性に係る判断がなし得ないというものではない。右の各現象は計算を基にしてとらえられるが、その計算は、実験・研究によつて十分な確証が得られている点についてはその結果を踏まえ、いまだ実験・研究によつて十分な確証が得られていない点については、十分厳しい条件を設定して作成された手法によつている。この手法は工学上一般に広く認められているものであつて、計算が安全側になされている限り、安全性は十分確保される。安全審査はこのような観点から行われればよい。

また、安全審査は、当該原子炉に関するすべての技術的問題について、学問的議論をする場合のように、いわば一から審査する必要はなく、当然、過去における運転実績、安全審査の経験を踏まえた上で行われるのであり、先行炉の運転実績あるいは安全審査の経験等を通じて確認ないし検討された事項については、特段の事情がない限り、改めて一から審査する必要はない。

(三) 安全審査においては、審査指針等既存の審査基準自体の当否は、原則として、安全審査会自ら判断しない。

本件安全審査当時、その審査基準として機能したものには、許容被曝線量等を定める件、立地審査指針、気象手引、安全設計審査指針等があるが、これらはそれぞれの分野における専門機関が所定の手続によつて審理し答申した結果に基づいて、法令として定立されたものか、安全審査会の上部機関である(設置法一四条の二参照)委員会が決定したものなどである。例えば、許容被曝線量等を定める件は、放射線審議会が審議した結果を建議したところに基づいて(放射線障害防止の技術的基準に関する法律四条以下参照)、科学技術庁長官が告示したものであり、右の各審査指針は、委員会に特に設置された原子炉(動力炉)安全基準専門部会が調査審議した結果に基づいて(設置法施行令四条、原子力委員会専門部会運営規程参照)、委員会が決定しあるいは了承したものである。

安全審査会の原子炉設置許可手続におけるその位置付け、機能からいつて、また、前述のように右各審査基準はそれぞれの分野における専門機関が、慎重に調査審議した結果定められたものであるという点からいつても、個々の安全審査においては、これらを基に審査を行うことで十分であり、その審査基準自体の当否を判断することは、実質的に意味がない。

(四) 安全審査は当該申請内容の適否を判断する目的のものであるから、その審査は申請に基づいて行われる。すなわち、原則として、申請者の提出した資料の記載内容に基づいて申請内容の適否を書面審査する。それらの資料からでは適否が判断できないときは、その旨を委員会に報告すれば足り、新たな知見を求めて自ら積極的に資料収集、調査研究等をする必要はない。もつとも、申請者の提出した資料に基づいて判断することが可能ではあるものの、更に安全審査の客観性を高めようとする場合や資料の記載内容を現地において確認するほうが妥当である場合(例えば、いわゆる現地調査はこの場合である。)には、例えば安全審査会自ら調査等を行うこともあり得るが、これは、あくまでも、右に述べた本来の安全審査に対する補充的な役割を果たすものにすぎない。

原判決は右に述べた安全審査の在り方を正当に理解しており、控訴人らの原判決に対するこの点についての批判は、安全審査会をあたかも原子力発電技術についての調査研究機関のように誤解しているものといわなければならない。

4 審査基準

(一) これまで述べてきた安全審査の位置付け、その対象、在り方等からいつて、そのための審査基準は細部にわたる技術的事項についてまで具体的な指示を与える必要はなく、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針が災害防止上支障のないものであることが判断できる程度の内容を具備していれば足りることは明らかである。したがつて、審査基準は、多くの場合、「適切であること」「十分であること」「健全であること」といつたような趣旨の包括的な形で表現される。

(二) 審査基準は当該安全審査当時において十分合理性を有しているものであればよい。審査基準も、技術の進歩、知見の状況等に応じて変わり得る。現に、ここ数年の間に、ECCS性能評価被曝評価等に関する事項について新たな審査指針が設定され、既存の審査指針についても一部手直しされてきたし、今後も審査基準は変化していくであろう。そして、このことは、原子力発電を行うということが単なる観念や実際上のことではなく、すぐれて技術的かつ現実的な仕事である以上当然のことである。

審査基準が変わるのは、その時点において、新しい審査基準がより妥当であると判断されたからであるが、このことは、決して従前の判断基準が不合理であつたことを意味しない。従前の判断基準もその時の知見に基づいて十分な安全余裕を含むものであり、十分な合理性を有していたのである。このことは、例えば、昭和五〇年に定められた「ECCS安全評価指針」の冒頭の部分の「以下に述べる基準及び解析に当つての要求事項は、現在得られている理論と実験の結果等から厳しい判断を行つて採用したものであり、これらに基づいて解析される想定冷却材喪失事故の結果は、十分な安全余裕を含むものである。」との記述からも十分理解できる。

(TMI事故について)

1 序

既に繰り返し述べてきたように、原子炉設置許可処分に際して被控訴人が行う原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性の審査(安全審査)の対象となる事項は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に限られるものであつて、原子炉施設の詳細設計や運転管理に係る事項はこれに含まれるものではない。

したがつて、過去における他の原子力発電所等における事故等の発生の事実が原子炉設置許可処分の取消訴訟である本件訴訟における争点となり得るためには、単に一般的、抽象的なそれらの事実の指摘にとどまることなく、当該事故等の要因が原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に属するものであること、そして、それがひいては本件安全審査の合理性、すなわち本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性を確認した被控訴人の判断の合理性を左右する意義を有するものであることを、具体的に明らかにして主張されなければならないことはいうまでもない。

しかるに、控訴人らは、TMI事故につき、その事実関係を単に一般的に羅列し(ただし、その主張には誤りが少なくない。)、安全審査の対象についての独自の見解を前提としてか、右事故の発生の事実をもつて、これが直ちに本件安全審査の不合理性を示すものであるかのように短絡して主張する。

被控訴人は、本件原子炉の設計、構造等はTMI二号炉のそれとは異なるので、そもそも本件原子炉においてはTMI事故のような事象は起こり得ず、しかも、TMI事故における各異常事象の原因たる事項の殆どは基本設計ないし基本的設計方針に係る事項には属さないものであるから、TMI事故の発生は、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性を確認した本件安全審査の合理性を何ら左右するものではないと考えるところであるが、以下において、当審における立証活動をふまえ、TMI事故をして「TMI事故」たらしめた決定的要因、すなわち、単なる主給水喪失という事象を炉心損傷事故にまで拡大、発展せしめた決定的要因は、何であつたのか、との観点から事実関係を整理し、これに基づいて、本件安全審査の合理性との関連におけるTMI事故の本質的意義を明確にする。

その骨子は、TMI事故をして「TMI事故」たらしめた決定的要因は、TMI二号炉における具体的な運転管理に係る事項に属するものであつて、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に属するものではなく、したがつて、TMI事故の発生は何ら本件安全審査の合理性を左右するものではない、というにある。

2 事故の経過の概要

(一) TMI事故は、昭和五四年三月二八日午前四時頃、ほぼ定格出力で運転中であつたTMI二号炉(型などは控訴人ら主張のとおり)において、復水器を通過して水に戻つた二次冷却水を蒸気発生器へ給水するために二次冷却系に設けられている主給水ポンプ二台が突然いずれも停止し、このため蒸気発生器への給水が停止(主給水喪失)したことに端を発した。

(二) このため、右のような主給水喪失時に、直ちに蒸気発生器に給水し、一次冷却系の除熱を確保するために設けられていた補助給水系の補助給水ポンプがすべて自動的に起動したが、本来開けられているべき補助給水ポンプの出口側の弁が閉じられたままの状態で運転されていた(これは、TMI二号炉の運転開始に際し、その運転条件等を規定し米国原子力規制委員会から許可を受けた技術仕様書に違反した行為であつた。)ため、蒸気発生器に二次冷却水を注入することができず、蒸気発生器における一次冷却系の除熱能力が急速に低下することになつた(なお、主給水ポンプ停止後八分(以下、経過時間は主給水ポンプ停止後の時間をいう。)、運転員は右弁が閉じられていることに気付きこれを開いており、この時点以降は、蒸気発生器の除熱能力は回復している。)。

一方、一次冷却系においては、その温度、圧力が急速に上昇し、三秒には、一次冷却系の圧力が上昇することを抑制することを目的として加圧器に設けられている加圧器逃し弁が作動して開いたが、なお、一次冷却系の圧力は上昇を続け、八秒には、原子炉が自動的に緊急停止するに至つた。

(三) 右の加圧器逃し弁の開放及び原子炉の停止によつて、一次冷却系の圧力は急速に低下し、加圧器逃し弁が閉止すべき圧力以下に低下した。しかし、加圧器逃し弁は開放状態のまま固着し閉止せず、運転員がこれに気付かなかつたため、一次冷却水は、加圧器逃し弁から流出し続けることとなつた(加圧器逃し弁から流出した一次冷却水は、一次冷却材ドレンタンクに流入し続け、遂には、同ドレンタンクのラプチャーディスクを破裂させ、原子炉格納容器内の格納容器サンプへと流出し続けることとなつた。)。

このため、二分二秒には、一次冷却水喪失の事態に対処するために設けられているECCSの一つである高圧注入系が設計通り自動的に起動し、原子炉内に注水を開始した。

(四) ところが、右のように自動起動したECCSをそのままにしておけば、炉心の冷却は確保されるから、事故への拡大は防げたはずであつたにもかかわらず、運転員が、誤つて長時間にわたりECCSを停止する等してECCSの機能を実質的に殺してしまつた。

すなわち、運転員は、ECCSによる冷却水の注入によつて加圧器が満水となり圧力制御が困難になるおそれがあるものと判断し、手動操作によつてECCSの自動起動後僅か二分三〇秒で二台の高圧注入ポンプのうちの一台を停止し、かつ他の一台の流量を最低限にまで絞つた。そして、その後、極く短時間に、原子炉停止、加圧器逃し弁の開放固着に伴う一次冷却系の圧力の低下により、一次冷却水が沸騰する圧力である飽和圧力に達し、このため、一次冷却系内に蒸気泡が発生し、それによつて一次冷却水が加圧器に押し上げられ、加圧器水位計の表示上、一見一次冷却水量が増加したかの如き現象を呈したところから、運転員は、一次冷却水量が十分確保されているものと誤判断し、以降概ね右のようなECCSの操作を継続させた。その結果、炉心の冷却に必要な一次冷却水量が大幅に不足することとなり、一時間五〇分頃には、燃料が一部蒸気中に露出し過熱状態となり、遂には、炉心損傷の事態に至つたものである。

(五) その後の、事故の収束に至る経過の概略は、次のとおりである。

二時間二〇分頃、運転員が加圧器逃し弁の開放固着に気付き、同弁の元弁が閉じられたことにより一次冷却水の流出が止まり、更に、三時間二〇分以降、ECCSが手動により再起動されたことにより原子炉内に冷却水が注水され、炉心が再冠水し、炉内の冷却水量が確保され、一五時間五〇分頃、一旦停止していた一次冷却材ポンプが再起動されて一次冷却水の強制的な循環が再開され、一次冷却系の除熱が行われ、徐々に安定的な停止状態に移行した。

(六) なお、右に述べたような炉心の損傷によつて、大量の放射性物質が一次冷却水中に漏出したが、その大部分は、格納容器内に閉じ込められた。しかし、運転員が格納容器隔離弁の隔離操作を誤つたこと等により、その一部が環境へ放出されることとなつた。その量は、放射性希ガスが約二五〇万キュリー、放射性よう素のうちのよう素一三一が約一五キュリーと推定されている。

そして、これらによるTMI発電所周辺住民の外部全身被曝線量は、事故発生の三月二八日から四月一五日までの期間について、個人の最大被曝線量は約七〇ミリレム(この線量は、我が国における自然放射線による平均的な年間被曝線量を下回るものである。)、TMI発電所から半径約八〇キロメートル以内に居住する住民約二一六万人についての集団被曝線量は同じく四月一五日までの累積で約二〇〇〇人・レム(一人当たりに換算すれば、平均一ミリレム程度)と推定されている。また、TMI発電所周辺住民七六〇人について全身計測を行つた結果、有意な内部被曝はなかつたものと判明した。これらの被曝によつて生じ得る健康への影響は、被曝がなかつた場合に比べて、無視し得る程度であつた。

3 事故の決定的要因

(一) TMI事故における各異常事象の原因としては、TMI二号炉の設計の不備、設備の故障、運転操作の誤り等の諸点を指摘することができるのであるが、更にこれを仔細に検討すれば、TMI事故をして「TMI事故」たらしめた決定的要因、すなわち、単なる主給水喪失という事象を炉心損傷事故にまで拡大、発展せしめた決定的要因は、第一に、一次冷却系の圧力の上昇に伴って開いた加圧器逃し弁が開放固着していることに、運転員が、二時間以上もの間気付かなかつたこと(仮に、運転員が早期に加圧器逃し弁の開放固着に気付き、同弁の元弁を閉じていれば、一次冷却水の一次冷却系外への大量の流出は避けられ、炉心損傷の事態にまでは至らなかつたであろう。)、第二に、加圧器逃し弁からの一次冷却水の流出による一次冷却系の圧力の低下に伴つて自動起動したECCS(高圧注入系)を、運転員が、一次冷却水量に関する判断を誤つて停止させたり、その流量を最低限まで絞つたりしたうえ、その状態を継続させ、ECCSの機能を長時間にわたり実質的に殺してしまつたこと(仮に、設計通りECCSを機能させていれば、加圧器逃し弁からの一次冷却水の大量の流出があつたにせよ、炉心損傷の事態には至らなかつたであろう。)、の二点に尽きるということができるのである。

しかして、右の二点はいずれも、直接的には、TMI二号炉の運転員の誤判断ないしはそれに起因する誤操作によるものといわなければならないものである。そして、運転員が右のような誤判断ないしは誤操作に至つた背景としては、TMI二号炉においては、原子炉施設の管理が適切に行われていなかつたこと、運転員に対する教育、訓練が不適切あるいは不十分であつたこと等、多くの運転管理上の問題点の存在が指摘されているところである。

これを要するに、TMI事故をして「TMI事故」たらしめた決定的要因は、明らかに、TMI二号炉における具体的な運転管理に係る事項に属するものであつて、安全審査の対象である原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に属するものではないのである。

以下、そのゆえんを敷衍して述べる。

(1) 運転員が加圧器逃し弁の開放固着に二時間以上もの長時間にわたり気付かなかつた原因として、中央制御室における加圧器逃し弁の開閉表示が不適切であつたことが挙げられる。すなわち、TMI二号炉の加圧器逃し弁は電磁式先駆弁方式であるところから、中央制御室における右逃し弁の開閉表示は、現実の弁の開閉状態を直接検出してこれを表示するものではなく、弁の開閉を指示する電気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式のものであつたため、現実には弁は開放固着していたにもかかわらず、中央制御室における表示は閉を指示する電気信号に従い「閉」となつていたところから、運転員は、これを見て、加圧器逃し弁は閉じているものと判断したのである。

しかしながら、加圧器逃し弁が開放固着し、同弁から一次冷却水が大量に流出し続けていることに関しては、次のような多くの明確な情報が中央制御室に表示されていたのであり、これらの情報が与えられていたのにもかかわらず、運転員が、二時間以上もの長時間にわたつて加圧器逃し弁の開放固着に気付かなかつたことは、明らかに運転員の過誤であるといわなければならない。すなわち、①加圧器逃し弁が開き一次冷却水が流出すると、同弁の出口配管の温度が上昇するところ、同弁の出口配管には温度計が取り付けられ、中央制御室に右温度計の温度が表示されるようになつているので、右温度上昇の表示により、一次冷却水が流出し続けていることを認識し得たこと(ちなみに、TMI二号炉の緊急手順書によれば、加圧器逃し弁の出口配管温度が華氏一三〇度を超えた場合には直ちに同弁の元弁を閉じることとなつているところ、運転員は、二五分及び一時間二〇分に、同弁の出口配管温度が華氏二〇〇度より相当程度高いことを確認したにもかかわらず、同弁の元弁を閉じておらず、運転員の右行為は、TMI二号炉の緊急手順書、ひいては技術仕様書に違反したものであつた。)、②加圧器逃し弁から流出する一次冷却水を一時的に収容するために原子炉格納容器内に設けられている一次冷却材ドレンタンクに一次冷却水が流入すると、同ドレンタンクの水位、温度及び圧力が上昇するところ、この水位、温度、圧力が中央制御室に表示されるようになつているので、右水位上昇の表示、温度上昇の表示及び圧力上昇の表示により、更には、同ドレンタンクのラプチャーディスクの破裂により、一次冷却水が流出し続けていることを認識し得たこと(ちなみに、運転員は、右ドレンタンクの水位上昇、温度上昇、圧力上昇及びラプチャーディスクの破裂をいずれも確認している。)、②原子炉格納容器内への漏水等の場合に備えて格納容器底部に設けられるサンプ(水溜)の水位についても、中央制御室に表示されるようになつており、右水位上昇の表示により、一次冷却水が流出し続けていることを認識し得たこと(ちなみに、運転員は右サンプの水位上昇を確認している。)、④一次冷却材ドレンタンクのラプチャーディスクから原子炉格納容器内に流出した一次冷却水によつて原子炉格納容器内の温度及び圧力が上昇するところ、この温度、圧力が中央制御室に表示されるようになつているので、右温度上昇の表示及び圧力上昇の表示により、一次冷却水が流出し続けていることを認識し得たこと(ちなみに、運転員は右格納容器内の温度上昇、圧力上昇をいずれも確認している。)等である。これらの情報を総合的に判断すれば、加圧器逃し弁の開放固着の事実は、疑いを容れる余地のない明白なものとして、運転員に示されていたといわなければならないのである。

しかして、運転員が加圧器逃し弁の出口配管温度の上昇の意義を認識し得なかつた背景として、TMI二号炉においては、事故前から、加圧器逃し弁または安全弁からの毎時約1.4立方メートルもの一次冷却水の漏洩により、右各弁の出口配管温度が上昇していたのにもかかわらず、何らの措置も採らず、長時間運転が継続されていたこと(これは、TMI二号炉の緊急手順書ひいては技術仕様書に違反した行為である。)、運転員が、加圧器逃し弁の開閉時における同弁の出口配管の温度挙動について、必ずしも十分な教育を受けていなかつたこと等の事実が指摘されている。

なお、TMI事故以前にも、他の原子炉施設において、加圧器逃し弁の開放固着を経験した事例がいくつか見られるのであるが、いずれの場合にも早期に発見され、適切な措置が採られているところである。

(2) 次に、運転員が設計通り自動起動したECCSを殆んどその直後に停止したり、その流量を最低限まで絞つたりした主な理由については、既に前記2の(四)において述べたところである。

しかしながら、いうまでもなく、加圧器の水位が一次冷却系内の水量を適切に示すのは一次冷却水が沸騰していない正常な状態にある場合に限られるのであり、TMI事故におけるように、一次冷却系の圧力が飽和圧力にまで低下した場合においては、加圧器の水位のみによつては、一次冷却系内の水量は適確には把握できないものである。しかも、運転員には、一次冷却水が大量に流出し、いわゆる一次冷却材喪失事故(LOCA)が進行中であることを明確に示す次のような情報が与えられていたのであるから、右加圧器の水位の上昇のみを拠りどころとして一次冷却系が満水状態にあるものと判断し、ECCSを三時間以上の長時間にわたつて停止し続けたり、その流量を絞り続けたりしたことは、明らかに運転員の過誤であるといわなければならない(ちなみに、TMI二号炉の緊急手順書によれば、高圧注入ポンプに過大な流量が流れ同ポンプが破損すること、すなわちランアウトを防止するため以外には、高圧注入系の流量を絞ることとはなつていないところであり、運転員がECCSの流量を長時間にわたり絞り続けたことは、TMI二号炉の緊急手順書ひいては技術仕様書に違反した行為であつた。)。

すなわち、前述の加圧器逃し弁の開放固着(これは、現象的には一種のLOCAである。)に関する明らかな情報に加え、遅くとも一〇分以降、一次冷却系は概ね飽和状態にあり、一次冷却水中に蒸気泡が発生し、更には、四台ある一次冷却材ポンプすべてが、一時間一三分から一時間四一分までの間に停止せざるを得なかつたほど、大きな振動を起こしていたこと、右のように一次冷却材ポンプを順次停止したところ、その後の原子炉圧力容器出口の一次冷却系の高温側配管の温度は、極めて高温となつており(ちなみに、運転員は、これらの事実を確認している。)、明らかに過熱蒸気が発生していることを示していること(これは、一次冷却材ポンプの停止により一次冷却水の強制循環が止まり、このため、燃料の上部が冷却水面から蒸気相中に露出したためであるが、このような炉心における過熱蒸気の発生は、燃料の露出すなわち冷却材喪失の端的な徴憑に他ならない。)等である。これらの情報を活用すれば、運転員は、LOCAの事態を容易にかつ的確に認識し得たものといわなければならない。

しかして、本来極めて慎重に行われるべきECCSの停止等の操作が自動起動の殆ど直後になされ、その後長時間にわたつてその機能が実質的に殺されてしまつた背景としては、TMI二号炉においては、ECCSの不必要な起動が事故前までに四回もあり、それによる様々なトラブルが生じていたこともあつて、発電所は、運転員に対し、ECCSの起動信号が発信した時は直ちにこの起動信号を切り、手動操作に移れるよう指示していたこと(ちなみに、起動信号を切つても、直ちにECCSが停止するわけではなく、これによつて、ECCSの手動操作が可能になるにすぎないのであるが、右の指示は、ECCS起動時において運転員が直ちに手動により何らかの介入を行うべきことを前提とするものであり、その結果、原子炉施設の安全確保上極めて重要な設備であり、その操作には十分な慎重さをもつて当たるべきECCSの停止等について、運転員が慎重さを欠くこととなつた。)、運転員が、日頃より加圧器の水位維持を過度に強調した教育、訓練を受けていたこと(バブコック・アンド・ウイルコックス社型の原子炉では、蒸気発生器の構造の特徴等から、ウェスチング・ハウス社型の原子炉に比して、二次冷却系側で発生した異常による変化は、極めて迅速かつ直接的に一次冷却系側に伝わる。このため、二次冷却系側に異常が発生した場合における加圧器水位の変化も非常に急速でかつ大きく、運転員が短時間に的確な操作を行わなければ、加圧器の水位を維持することはできない。事実、TMI事故以前にもバブコック・アンド・ウイルコックス社型の原子炉においては、加圧器が満水ないしは空になつた事象がしばしば発生していた。右のようなところから、加圧器水位維持を過度に強調した教育、訓練が行われていたわけであるが、その結果、原子炉内の情況を的確に把握するためには、当然のことながら、その温度、圧力にも十分注意すべきにもかかわらず、運転員が加圧器の水位のみを拠りどころとしてECCSの停止等の操作を行う一因となつた。)等の事実が指摘されている。

(二) 以上述べたところから、TMI事故をして「TMI事故」たらしめた決定的要因、すなわち、単なる主給水喪失という事象を炉心損傷事故にまで拡大、発展せしめた決定的要因は、TMI二号炉における具体的な運転管理に係る事項に属するものであつて、これらが、何ら原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確認を目的とする安全審査の対象となる事項に属するものではないことは明らかであり、したがつてまた、TMI事故の発生は、何ら本件安全審査の合理性を左右するものではないことは明らかというべきである。

4 本件原子炉においてはTMI事故のような事象は起こらないことについて

TMI二号炉は、本件原子炉と同じく加圧水型原子炉に属するものではあるが、本件原子炉は、設計、構造等においてTMI二号炉とは大きく異なつており、十分な事故防止対策が講じられているので、TMI事故のような事象が起こることは考えられない。その主要な点は、次のとおりである。

(一) 主給水系

加圧水型原子炉では、蒸気発生器細管を介して一次冷却水から熱を伝えられた二次冷却水は蒸気となつてタービンに導かれ、タービンを回転させた後、復水器において水に戻され、再び蒸気発生器へ導かれる。このような二次冷却系内の二次冷却水の循環は、平常運転時には主給水ポンプによつて強制的に行われている。

ところで、TMI二号炉や本件原子炉においては、二次冷却水の水質を良好に維持するため、復水器と主給水ポンプとの間に復水脱塩装置を設けている。この装置は脱塩塔と再生塔とから成り、常時二次冷却水を脱塩塔内のイオン交換樹脂を通すことによつて二次冷却水中の塩分や微小な塵あいを取り除いている。このイオン交換樹脂は、長期間使用することによつてその性能が低下するため、運転中定期的にこれを再生塔に移送して再生操作を行つているが、この両塔間の移送には空気が使用されている。

そして、TMI二号炉では、このイオン交換樹脂の移送の際に用いられている空気と同一系統の空気を使用して、復水脱塩装置の出口に設けられている二次冷却水の流量を調整するための弁の制御をも行つていたものと推測されるが、この空気を送る配管内に復水脱塩装置からの水分が混入したことによつて右の弁がすべて閉じ、二次冷却水の流れが止まり、主給水ポンプが停止したものと推測されている。

しかるところ、本件安全審査においては、本件原子炉の主給水系には、全給水量の五〇パーセントに相当する容量の主給水ポンプ(電動)が三台設置されており、平常運転時には右ポンプのうち二台の運転でその全給水量を確保し、仮に何らかの原因でそのうち一台が停止しても予備の一台のポンプが起動する設計となつており、また、二次冷却水の流量調整用の弁を制御するための空気は復水脱塩装置で用いられる空気とは全く別系統から送られる設計となつていることをそれぞれ確認しているのであつて、右安全審査の内容から判断すれば、本件原子炉においては、TMI二号炉において起こつたと推定されているような復水脱塩装置からの右制御用空気系への水分の混入、更にはこれに起因する主給水ポンプの停止といつた事態が起こる可能性は全く存しない。

(二) 補助給水系

補助給水系は、主給水系による蒸気発生器への給水が喪失するような事態が発生した場合に、自動的に作動して、蒸気発生器において一次冷却系の除熱を行い、もつて原子炉停止後の炉心の崩壊熱を除去するために設けられているものである。

TMI二号炉や本件原子炉の補助給水系には、補助給水を蒸気発生器へ送り込むためのポンプとして、電動の補助給水ポンプ二台及びタービン駆動の補助給水ポンプ一台が設けられており、主給水系による給水が喪失しても、右三台のうちいずれか一台が起動して蒸気発生器へ水を注入することができれば、原子炉停止後の崩壊熱を十分に除去することができるようになつている。

そして、この補助給水ポンプの出口側には、補助給水ポンプの機能試験や補修の場合に、これらを隔離するための弁が設けられている。

TMI事故においても、主給水系による給水が喪失した際に、電動の補助給水ポンプ二台及びタービン駆動の補助給水ポンプ一台のすべてが設計どおり起動したが、技術仕様書に違反して、補助給水ポンプの出口側の弁のうち蒸気発生器に最も近いもの(電動弁)をすべて閉じたまま運転していたため、補助給水を蒸気発生器へ注入することができなかつた(このような結果となつたのは、補助給水系の点検に際し、原子炉の運転中であるにもかかわらず右弁をすべて閉じ、しかもその点検終了後もこれらを開放しなかつたという重大な過誤によるものである。)。

ところで、本件安全審査においては、本件原子炉には、主給水系による給水が喪失した場合に備えて、いずれの一台によつても炉心の崩壊熱を除去するに十分な容量を有する三台のポンプから構成される補助給水系が設けられ、なおかつ、右三台のうち二台は外部電源が喪失した場合に備えて非常用電源をもその電源としており、残る一台については蒸気発生器で発生した蒸気の一部を取り出して駆動(タービン駆動)させるようになつているので、たとえ主給水が喪失したとしても補助給水系によつて十分給水が確保されることを確認している。

ちなみに、本件原子炉においては、その設置者たる四国電力株式会社が作成した伊方一号炉の運転や定期点検に関する規定によれば、原子炉の運転中に補助給水系の検査や補修作業を行う場合には必ず一系統ずつ行うこととなつており、更に作業終了後は、保守担当者と運転担当者とが合同で作業の終了状況や弁の開閉状況等を確認することになつているなど、保守作業のチェック管理システムが整備されているので、この点からも、TMI二号炉において起こつたような補助給水系の作動失敗が起こることは考えられない。

(三) 蒸気発生器

蒸気発生器は、原子炉圧力容器内において発生した熱をその細管を介して二次冷却水に伝える役割を担うものである。そして、蒸気発生器において二次冷却水は蒸気となつてタービンに導かれ、一方、蒸気発生器において熱を伝え終えた一次冷却水は一次冷却材ポンプによつて再び原子炉圧力容器に送られる。

TMI二号炉の蒸気発生器は、貫流型過熱式蒸気発生器とも呼ばれているものであつて、他の型式の蒸気発生器と比べ蒸気発生器二次側の保有水量が極めて少なく、主給水系による給水が喪失した場合には、蒸気発生器における二次冷却水の蒸発によつて一次冷却系を除熱する能力は急速に低下するので、一次冷却系の圧力は急上昇し、この結果、原子炉は停止するが、この際仮に補助給水系による給水がなされないと想定した場合には、蒸気発生器二次側の保有水は極めて短時間で蒸発して無くなるので、このような蒸気発生器を採用している原子炉においては補助給水系の迅速な作動が常に要求されるものである。

ところで、本件安全審査においては、本件原子炉の蒸気発生器には二次側の保有水量が多い再循環型飽和式のものが採用されることを確認しているのであつて、右安全審査の内容から判断すれば、本件原子炉の蒸気発生器二次側には、運転中常に蒸気発生器一基当たり約五〇トンの二次冷却水が保有されており(これをTMI二号炉の蒸気発生器の保有水量と比較すれば、単位出力当たり約三倍となる。)、主給水系及び補助給水系による給水が喪失した場合でも原子炉停止後約三〇分間(TMI二号炉においては約二分間)は二次側の保有水の蒸発による一次冷却系からの除熱が可能であり、二次側の給水喪失による原子炉への影響はすぐには現われない(したがつて、仮にTMI事故のような二次側の全給水喪失という事態を想定したとしても、本件原子炉の方がTMI二号炉よりも補助給水系を作動させる時間的余裕がはるかに大きいことにもなる。)。

なお、本件安全審査においては、本件原子炉では蒸気発生器が原子炉圧力容器よりも高い位置にあるため、一次冷却水が循環しやすいことを確認しており、右安全審査の内容及び前述したような補助給水系の作動の確実性から判断すれば、たとえ、主給水喪失と同時に一次冷却材ポンプが停止し、一次冷却系内の一次冷却水の強制循環ができなくなつたと仮定しても、一次冷却水は自然循環し、炉心の崩壊熱を確実に除去することができるのである。

(四) 二次冷却水の給水喪失と原子炉の停止

加圧水型原子炉においては、主給水系による蒸気発生器への給水が喪失した場合には、二次冷却系の一次冷却系を除熱する能力は、蒸気発生器二次側の保有水量の減少に伴い低下する(したがつて、その除熱能力は保有水量の多寡に応じて大きく異なる。)ので、できるだけ速やかに原子炉を停止する必要がある。

TMI二号炉では、主給水系による蒸気発生器への給水が喪失した場合においても、それのみによつては原子炉は停止することなく、それによる影響が一次冷却系にまで及び一次冷却系の圧力が高くなつて初めて原子炉が停止するような設計となつている。

しかるところ、本件安全審査においては、本件原子炉は、主給水系による蒸気発生器への給水が喪失した場合には、蒸気発生器二次側の水位が通常よりも低下しただけで原子炉は自動的に停止するような設計となつていることを確認しているのであつて、右安全審査の内容及び前述の蒸気発生器の構造から判断すれば、本件原子炉は、たとえ二次冷却系の主給水が喪失したとしても、それによつて一次冷却系の圧力が異常に上昇するという事態には至らないのである。ということは、本件原子炉においては、たとえ運転中に主給水が喪失したとしても、実際には、TMI事故の場合に起こつたような、加圧器逃し弁が作動して開くという事態さえ起こり難いということを意味する。

(五) 加圧器逃し弁

加圧水型原子炉においては、運転時における一次冷却系内の圧力変動に対応してこれを一定に保つとともに、一次冷却材圧力バウンダリの健全性を保つため、加圧器を設け、これにより一次冷却系内の圧力を調整している。

加圧器には、上部にスプレイノズル、逃し弁及び安全弁が、また底部にヒーターがそれぞれ設けられている。そして加圧器の内部は、通常その上半分が蒸気(気相)、その下半分が水(液相)の状態となつている。

一次冷却系内の圧力を上昇させる場合には、ヒーターで加圧器内の一次冷却水を加熱して蒸気を発生させることにより圧力を高くし、また、逆に圧力を下げる場合には、スプレイノズルから冷水を噴出させて気相部の蒸気を凝縮させることにより圧力を下げる。更に、スプレイノズルからの冷水の噴出のみによつては一次冷却系の圧力を十分低減させることができない場合には、逃し弁が開き、更に逃し弁によつても圧力を十分に低減させることができない場合には安全弁が開いて、気相部の蒸気を放出することにより圧力を低減する。

逃し弁及び安全弁の開閉すべき圧力はあらかじめ設定されており、それらの弁は、それぞれの設定圧力に応じて、一次冷却系内の圧力が上昇した場合には自動的に開き、また低下した場合には自動的に閉じる。なお、逃し弁が開放固着した場合等に備えて中央制御室からの遠隔操作が可能な電動の元弁を設けている。

TMI二号炉において長時間にわたつて大量の一次冷却水が加圧器逃し弁から原子炉格絡容器内へ流出してしまつた原因は、第一に、TMI二号炉の加圧器逃し弁には構造が複雑な電磁式先駆弁方式(一次冷却系内の圧力があらかじめ設定された圧力にまで上昇した場合にソレノイド(電磁石の一種)に電流が流れ、ソレノイドの電磁力によつて先駆弁を作動させ、これによつて元弁が開く方式。)のものが使用されていて、これが故障して開放固着したことであり、第二に、TMI二号炉の加圧器逃し弁は、その構造上、開閉の状態を直接的に検知できるようにはなつておらず、このためソレノイド電流の有無によつて中央制御室の開閉表示を行つていたところ、TMI事故においては、逃し弁の開放による加圧器の圧力低下に伴い同弁を閉じるべくソレノイドの電流が停止したが、同弁が開放状態のまま固着し、実際には閉じていなかつたにもかかわらず、中央制御室にはソレノイド電流の停止に従い「閉」という誤つた表示が出てしまつたため、運転員が元弁を閉じるべきことに気付かなかつたことである。

しかるところ、本件安全審査においては、本件原子炉の加圧器逃し弁には、構造が簡単で作動の信頼性が高く、かつその開閉の状態を直接的に検知し、これを中央制御室に正しく表示し得る空気作動式(一次冷却系内の圧力があらかじめ設定された圧力にまで上昇した場合に制御用空気が送られ、この空気圧力によつて弁が開く方式。)のものが使用され、更には、逃し弁が万一開放固着した場合においても電動によつて閉じることのできる元弁が設けられていることを確認しているのである。

したがつて、本件原子炉においては、TMI二号炉のように加圧器逃し弁が開放固着しそこから長時間にわたつて一次冷却水が原子炉格納容器内へ流出するといつた事態は起こり得ないのである。

五  当審における証拠関係《省略》

理由

第一  本件許可処分の存在及び原告適格について

一原判決の引用

この第一の点に関する当裁判所の判断は、次の二のとおり補正し、三のとおり補足説明を付加するほか、原判決理由第一の説示(Ca二ページから同八ページ三行目まで(一三一ページ二段二一行目から一三二ページ四段二九行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

二原判決の補正

原判決Ca二ページ三行目(一三一ページ二段二七行目)の「二八日」を「二九日」と改め、同七行目(同三段三行目)の記載の末尾に続けて「なお、右許可処分は、原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五三年法律八六号)附則三条の規定により、通商産業大臣(被控訴人)がした処分とみなされ、被控訴人は、右改正法律の定めに徴し、本件訴訟を内閣総理大臣から承継したものであつて、その承継の点につき、当裁判所は、昭和五四年五月二五日中間判決をした。」を加え、Ca三ページ一五行目(一三一ページ四段一六行目)の「二項」を削除する。

三原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益等について

1原子力発電は、原子炉の運転により核分裂生成物等の多量の放射性物質が生ずることから、平常運転時の放射性物質放出による被曝障害や、炉心溶融事故などの原子炉事故による被害が発生する危険性を有しているものであり、もしその危険性が顕在化した場合には、控訴人らのような原子炉の周辺に居住する者に対し、生命、身体にかかわる災害を及ぼすことになるのであつて、このこと自体は何人も否定し難いことと思料される。そして、原子炉等規制法は、発電用原子炉の設置について被控訴人(本件許可処分当時は内閣総理大臣。以下この旨の説示を省略する。)の許可にかからせているところ、同法一条は、原子炉の利用による災害を防止して公共の安全を図ることを規制目的の一つにあげており、かつ、右許可の基準を定める同法二四条一項の四号は、原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、これにより汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることを許可の要件としている(なお、同条項の三号は、申請者において原子炉の設置及びその適確な運転に関する技術的能力を有していることを許可の要件としているが、これは、原子力の利用等が災害を防止し公共の安全を図りつつ行われなければならないことから、そのことを人的、組織的な面で担保しようとするものであると考えられる。)。このような原子力発電の有する危険性及び原子炉の安全性に関する規制を総合して考えると、右の規制は、公共の安全という公益的見地からのものであるとしても、これをそのような抽象的、包括的なものにとどまるとみるのは妥当でなく、危険性の顕在化が周辺住民の災害に結び付くことを直視しこれを踏まえた実質的な観点から、右の公共の安全なるものは、結局のところ、具体的な周辺住民の生命、身体、生活の安全ということに帰着するとみるのが相当である。したがつて、同法、特にその二四条一項四号は、控訴人らのような直接災害を受ける危険性のある周辺住民については、災害の防止に関する利益をその個別的利益として保護しているものと解すべきである。

2被控訴人は、原子炉等規制法の定める規制の構造等を強調し、同法二四条一項四号は私益を保護するものではないから控訴人らに原告適格がないとして、るる主張するが、採用し難い。その理由の要旨は次のとおりである。すなわち、(一)原子炉設置許可は、申請者に原子炉を設置し得る法的地位を取得させる処分であつて、それにより周辺住民が直接法的規律を受けるわけではない。そして、原子炉等により周辺住民が損害を被るおそれがある場合には、原子炉設置者に対する妨害予防の訴えなどの民事訴訟を提起して被害を予防するという救済方法が考えられる。しかし、行政処分がその名宛人以外の第三者に直接法的規律を及ぼさない場合であつても、第三者が当該処分により侵害されるおそれのある法律上保護されるべき利益の主体であれば、これに処分取消しの訴えの原告適格が認められるべきことは当然であつて、その主体であることは、処分の根拠となつている法令が公益上の見地から設けられているにとどまらず原告たる私人の利益の保護をも目的としている場合に肯認されるというべきところ、もし本件許可処分に際してなされた原子炉の安全審査に過誤、欠落があつて、それが補完されることなく本件原子炉が運転されるに至ると、前記の危険性が顕在化することとなり、そうなれば、必然的に周辺住民である控訴人らに対し前記のような災害を及ぼすことになるといわざるを得ないので、同法による原子炉の安全性に関する規制が災害の防止を公益として保護するにとどまり控訴人らのような周辺住民は公益が実現されることによつて災害から保護されるいわゆる反射的利益を有するにすぎないとみることは、皮相な見方であつて妥当を欠き、やはり同法は前記のとおり周辺住民の私的な利益をも保護しているものと解するのが相当であるから、本件許可処分により右利益を侵害されるおそれのある限り、控訴人らは、本件訴えにつき原告適格ないし訴えの利益を有するといわなければならず、このことが、右のような民事訴訟を提起できることによつて左右される理由は見出し難い。(二)前記の災害は、原子炉の運転によつて発生するものであるところ、原子炉設置許可の申請者はその許可によつて直ちに原子炉を運転できるわけではなく、その運転を開始するためには、更に、具体的な設置工事の計画について通商産業大臣の認可を受け、かつ、建設・工事の工程ごとに通商産業大臣の使用前検査に合検しなければならない(電気事業法四一条、四三条、原子炉等規制法七三条)。しかし、原子炉設置許可は、原子炉の運転に不可欠であり、しかも、その運転を予定し運転による災害の防止ということを検討してなされるものである上、それがもし申請に係る原子炉施設の設計に瑕疵があることを看過してなされた場合に、右の認可及び検査の段階で瑕疵が確実に補完是正され或は不認可不合格として必ず運転が阻止されるとは限らず、また、右の瑕疵により前記の災害を招く可能性があることは否定すべくもないので、原子炉設置許可が直ちに申請者に原子炉の運転を許すものでないことから、その許可と運転による災害とが法的に有意な結付きに乏しいとはいえず、その災害は許可にも起因するものというべきである。(三)なお、控訴人らは、本件許可処分に際してなされた原子炉の安全審査に過誤、欠落があるため前記のような災害を受ける旨主張しており、もしその過誤等があれば、少なくとも、本件原子炉の周辺に居住する控訴人らに災害を及ぼすことになるのは否定し難いので、事柄の性質にかんがみ、控訴人らの原告適格の存在に関する主張立証はなされているとみて差支えなく、また、原子炉等規制法が控訴人らのような原子炉の周辺に居住する者について災害の防止に関する利益をその個別的利益として保護していると解する以上、その災害の原因となる右の過誤等(本件許可処分の瑕疵)の存否は、あくまで本案の問題であるというべきである。

第二  本件許可処分における手続の違法性の主張について

一原判決の引用

この第二の点に関する当裁判所の判断は、次の二のとおり補正し、三、四のとおり補足説明を付加するほか、原判決理由第二の一ないし五の説示(Ca八ページ四行目から同三八ページ一四行目まで(一三二ページ四段三〇行目から一四〇ページ三段二五行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

二原判決の補正

1原判決Ca八ページ一二行目(一三三ページ一段一五行目)の「原子力」から同一四行目(同一九行目)の「させたこと」までを「安全審査会は、その調査審議のため部会を設けることができ(審査会運営規程七条)、本件原子炉の安全審査については、第八六部会を設けたこと」と、同一六行目(同二三行目)の「右安全」から同一七行目(同二六行目)の「ことから」までを「原子炉を設置して運転することについての規制は、設置許可のみではなく、前記のとおり、更に、工事計画の認可及び使用前検査等があり、電気事業法四一条、四三条、同法施行規則三一条、三七条の規定によると、右認可及び検査に際しては、細部にわたる具体的、実際的、技術的事項が審査されることになつているので、かかる段階的規制からすれば、設置許可の段階で原子力発電の安全性をすべて細部にわたつて審査すべきものとは考えられない(そういうことは実際上不可能であると思われる。)から、安全審査会においては」とそれぞれ改める。

2同Ca一五ページ一行目(一三四ページ四段九行目)の「そして」から同一五行目(一三五頁一段六、七行)の「ならない。)」までを「それゆえ、その行政庁である被控訴人としては、原子炉設置許可処分に当たつて、公聴会を開催し周辺住民の意見を聞くなどすることもできるわけであり、一般的にいえば、そうすることが望ましいと思われるので、被控訴人がこれを行わなかつたこと(裁量)の当否が問題となる。しかし、〈証拠〉によれば、本件伊方発電所の建設については、かねてより地元から四国電力へ強い要望があり、これに基づき、昭和四四年八月に予備ボーリング調査が実施されたこと、伊方町議会は、同年七月二八日、満場一致で本件伊方発電所の誘致方を決議するとともに、誘致促進の一環として議会内に原子力発電所誘致特別委員会を設置し、これらのことは、伊方町で広報で周知され、町ぐるみの誘致運動が展開されるに至つたこと、同年八月には、同町において、町三役、町議会議員、漁業協同組合長、地主代表など指導者的立場にある者九六名から成る原子力発電所誘致対策委員会が結成され、かつ、原子力発電に対する住民の理解を深めるため原子力に関する講演会及び展示会が開催されたこと、愛媛県副知事、同県議会議長らは、昭和四五年九月、四国電力の社長らに対し、本件伊方発電所の建設を早急に決定してほしい旨の申入れを行つたこと、愛媛県議会は、同年一〇月三日、本件伊方発電所の建設促進に関する決議を行つたこと、これらのほかにも、八幡浜市の市長及び議会議長並びに西宇和郡五か町の各町長及び議会議長が誘致期成会を発足させるなどの動きがあつたことが認められるのであつて、これらの事実は、地元が本件伊方発電所の設置を受け入れる意思を有することを示すものにほかならないところ、被控訴人は、このことにかんがみ、本件につき公聴会の開催等は必要でないと判断してこれを行わなかつたというのであるから、その裁量に不合理はないというべきである」と改める。

3同Ca一七ページ一二行目(一三五ページ三段二行目)の「第一四」を「第一回」と改める。

4同Ca一九ページ七行目から二〇ページ一一行目まで(一三五ページ四段二〇行目から一三六ページ一段二八行目まで)の記載を次のとおり改める。

「(2) 安全審査会の審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣が任命するものであり(設置法一四条の三第二項)、第八六部会は、本件原子炉の安全性に関する調査審議のため、審査会運営規程七条に基づき、安全審査会に置かれた部会である。しかるところ、原審証人児玉勝臣の証言並びに弁論の全趣旨によれば、審査委員のうち、関係行政機関の職員のうちから任命された者については、その者の有する専門的学識・経験とともに、当該行政機関自体が有する高度の専門的知見を安全審査に役立てるため、その者の属する行政機関を代表する者として選任する趣旨のものであるから、当該行政機関に属する適切な代理者であれば、安全審査会及び部会の会合に代理出席を認めても法の趣旨に反しないとの考えのもとに、それが従来から慣行として是認されており、本件における代理出席もその慣行に従つて許されたものであることが認められるが、このことは、それ自体不合理であるとはいえないこと、本件における安全審査会及び部会への代理出席者は、関係行政機関の職員のうちから任命された審査委員の部下職員で、高度の専門的知見を有する者であり、その代理出席につき安全審査会の会長及び他の審査委員から何ら異議は出なかつたこと(右証言により認められる。)、会長は、必要があると認めるときは審査委員以外の者を会議に出席させることができるものとされていること(審査会運営規程五条)等に徴し、肯認することができる。また、甲第四七号証によれば、第八六部会は、昭和四七年五月一七日から同年一〇月三一日まで、一七回にわたる調査審議と六回にわたる現地調査を行つており、その審議の過程で若干の代理出席者があつたのみで、安全審査会に対する最終報告の内容を検討した会合では代理出席者はいなかつたことが認められる。しかして、以上のことを総合して判断すれば、右部会の最終審議に至る過程で若干の代理出席者があつたことが違法であるとはいい難い。

(3) また、設置法一四条の二、審査会運営規程三条、六条の定めに徴すると、安全審査会は、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議しその結果を委員会委員長に報告すべきものであり、これについて議事を開き決議を行うことが予定されているが、部会は、安全審査を適切迅速に行うために安全審査会に置かれるものであり、本件の第八六部会が施設関係担当のAグループと環境関係担当のBグループに分けられたのは、部会の調査審議を効率的に行うためであつて、部会ないし各グループそれ自体が議事を開き決議を行うことは特に予定されてはいない(付言するに、原子力委員会専門部会運営規程によれば、委員会に置かれる専門部会は議事を開き決議を行うことになつているが、安全審査会に置かれる部会は右の専門部会とは異なるものである。)。そして、部会は、それが設けられる趣旨に照らして、安全審査会の審査に資するため原子炉の安全性に係る事項を専門技術的見地から調査審議することを目的とするものであるとみられ、部会のいわば下部組織である各グループも同様であると考えられるが、右の調査審議は、その対象が施設面及び環境面のそれぞれにつき各種の専門分野にわたつていることや、各部会員がすべての分野にわたる専門家であるわけではないこと等からして、常に部会或は各グループが全体として行うことは必ずしも適切でなく、特定の分野ごとにその分野を担当する専門の部会員らのみによつて行うのが適切かつ効率的である場合が少なくないと思われ、更に、部会或は各グループの調査審議としての会合は、部会員間の協議検討を目的とせず、特定の分野に関する事項につきその分野を専門とする部会員のみが単に関係者から説明を受けるだけのために開かれる場合もあると思われる(甲第四七号証からこのことが窺われる。)ので、かかる事情と、部会での審査方式については特に定めがなく審査会運営規程八条の規定からして安全審査会の裁量に委ねられている面が大きいと思料されることをあわせ考えれば、部会が全体としての調査審議を全く行わないことは許されないというべきであろうが、右の事情に即して、部会或は各グループが全体としてでなく個別的な調査審議をすることは、何ら差支えないというべきである。しかるところ、〈証拠〉によれば、第八六部会は、個別的な調査審議に終始したわけではなく、適宜、その全体としての会合(A、B両グループの合同部会)を開いて問題の検討を行つており、特に、安全審査会に対する最終報告の内容を検討した会合には部会員の過半数が出席したことが認められる。しかして、以上のことを総合して判断すれば、部会ないし各グループは決議機関としての性格を有するものではなく、その会合における調査審議が個別的に行われた点も違法であるとはいえないから、本件の部会ないし各グループの会合における出欠席者の多寡が直ちに調査審議の手続の適法性に影響を及ぼすとみるのは相当でないというべきである。

5同Ca二〇ページ末行(一三六ページ二段五、六行)の「原子力委員会専門部会運営規程八条」を「審査会運営規程五条」と改める。

6同Ca二一ページ八行目(一三六ページ二段二二行目)の「原子力」から同一二行目(同二九行目)までの記載を「部会(第八六部会)は、前記のとおり、決議機関としての性格を有するものではなく、その会合の経過を文書化すべき旨の規定も存在しないからである。もつとも、設置法の下位法令である設置法施行令に基づき制定されている原子力委員会議事運営規則には、委員会の議事録を作成すべき旨規定されているところ、審査会運営規程一条には、安全審査会の運営は設置法によるほか同規程の定めるところによると規定されていることから、その設置法によるということは、同法の下位法規である右規則にもよるべき趣旨であるとして、安全審査会及び部会につき議事録の作成が義務付けられているという見解もあるが、右の設置法によるということがそのような趣旨であるとみることは文理からして困難であるし、右規則の定める事項と審査会運営規程のそれを比較しても、右規則の定めが、当然に、安全審査会及び部会、殊に後者に適用されるべきものとは認め難いので(なお、〈証拠〉によれば、安全審査会においては、それが議事を開き決議を行う場合があることから、審査会運営規程八条の運用として、議事録を作成していることが認められる。)、少なくとも、部会については、議事録の作成が法令上義務付けられていると断ずることは到底できない。」と改める。

7同Ca二一ページ一三行目(一三六ページ二段三〇行目)から二三ページ八行目(同四段一八行目)までの記載を次のとおり改める。

「(三)(1) 本件における安全審査会への代理出席が肯認されるべきことは、前記のとおりである。また、甲第三八・四四号証、原審証人内田秀雄、同児玉勝臣の各証言によれば、第八六部会の設置を決議した第一〇一回から、同部会の報告を了承し委員会委員長に報告することを決議した第一〇七回までの、各安全審査会のうち、第一〇一回ないし第一〇四回、第一〇六回及び第一〇七回は、代理出席者を除いても審査会運営規程三条一項所定の議事を開くための定足数に足りており(なお、第一〇六回は代理出席者はいない。)、第一〇五回は、代理出席者二名を含めれば定足数に足りているものの、これを除けばわずかに定足数を割つているが、本件に関しては第八六部会の審査状況の報告がなされたのみで決議は行われておらず、なお、第一〇五回以外の安全審査会で決議を要した事項については、代理出席者を除いても、右運営規程三条二項、三項所定の要件を具備して決議されたことが認められる。したがつて、安全審査会に代理出席者がいたことは、本件審査手続を違法ならしめるものではない。」

8同Ca二四ページ二行目の「前顕」から同四行目まで(一三七ページ一段五行目の〈証拠〉から同八行目まで)の記載を「〈証拠〉によれば、第八六部会の調査審議の状況は、第一〇二回、第一〇三回、第一〇五回及び第一〇六回の各安全審査会において報告されており、第一〇五回及び第一〇六回には右報告に関する資料(審査状況報告書、中間報告書)も配布されたことが認められるので、審査委員は、本件に関する最終の第一〇七回安全審査会に臨む前に、第八六部会の調査審議の状況を把握しこれを検討することができたというべきである。」と改める。

9同Ca二八ページ八行目(一三八ページ一段九、一〇行)の「について類推される」を「は、前記のとおり運用として行われているものであるし、仮にその作成が義務付けられているという前記の見解に立つても、その根拠となる」と、同九行目の「にも」を「には」とそれぞれ改める。

10同Ca二九ページ九行目(一三八ページ二段一一行目)の「一日」を「一二日」と改める。

三本件許可手続の適法性の主張立証について

1被控訴人は、本件許可処分が、次のような経緯により、法定の手続に従つて行われた、と主張している。

(一) 四国電力は、昭和四七年五月八日、被控訴人に対し、原子炉等規制法二三条に基づき、本件原子炉の設置許可申請をした。

(二) 右申請を受けた被控訴人は、同月一一日、同法二四条二項に基づき、委員会に対し、右申請が同条一項各号に規定する基準に適合しているか否かについて諮問した。

(三) 右諮問を受けた委員会においては、同日、委員長が設置法一四条の二第二項に基づき、安全審査会に対し、前記申請の原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するよう指示した。これを受けた安全審査会は、同月一二日、右事項の調査審議のため、審査会運営規程七条に基づき、安全審査会の中に第八六部会を設置した。

(四) 第八六部会は、同月一七日から同年一〇月三一日まで、一七回にわたつて、前記事項を調査審議し、この間、適宜安全審査会に審査状況を報告して協議するとともに、六回にわたつて現地調査を行つた。その結果、安全審査会は、同年一一月一七日、「本件原子炉施設の設置に係る安全性は十分確保し得るものと認める。」との報告書を決定、作成し、右運営規程六条に基づき、委員会委員長に対しその旨報告した。

(五) 委員会は、右報告を踏まえた上、本件原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないかなど前記申請が原子炉等規制法二四条一項各号に掲げる基準に適合しているか否かについて検討し、同月二一日、被控訴人に対し、前記申請が右基準に適合しているものと認める旨を答申した。

(六) 被控訴人は、右答申を十分尊重し、かつ、同法七一条一項に基づき通商産業大臣の同意を得た上で、同月二九日、同法二三条一項に基づき、四国電力に対し、本件原子炉の設置を許可した。

2しかるところ、右(一)ないし(六)の事実は、〈証拠〉によつて、これを認めることができ、なお、前記申請は、原子炉等規制法二三条二項、規制法施行令六条二項、原子炉規則一条の二の規定に基づき、その規定に従つた申請書及び添付書類を提出してなされたものであることが認められる。そして、原子炉等規制法、規制法施行令、原子炉規則等の原子炉設置許可処分に関する手続規定に徴すると、本件許可処分についてなされた右(一)ないし(六)の手続は、法定のものに合致していることが明らかである。

3そうだとすれば、被控訴人が本件許可処分を法定の手続に従つて行つたこと自体は明白であるといわなければならない。そして、控訴人らが手続に瑕疵があるとし、或は手続規定等が違憲であるとして指摘する問題点に対しては、被控訴人において逐一反論しているところである上、その問題点につき控訴人らが指摘する事実関係を前提として検討してみても、既にした判示及び次の四における判示のとおり、本件許可処分の違法を来すような手続上の瑕疵はないとの判断に帰着せざるを得ないのである。したがつて、本件許可処分の手続の適法性につき被控訴人が主張立証責任を負つているとしても、その主張立証はなされているというべきであり、右の瑕疵はないとの判断をもつて控訴人らに手続の違法性の立証責任を負わせていることに帰するという控訴人らの主張は、独自の見解に立つたものというほかない。

四違憲の主張について

1控訴人らは、原子力発電所の設置は控訴人ら周辺住民の生命、身体に関する基本的人権を侵害するものであるから、その設置には控訴人ら周辺住民の同意を要するとして、その同意の規定を欠く原子炉等規制法が主権在民を宣言する憲法前文、基本的人権の保障等を定める憲法一一条、一三条、九七条、九八条に違反する旨主張する。しかし、原子力発電が放射性物質を原子炉に内蔵することによつて危険性を有していることは前記のとおりであるが、その危険性は、原子炉を安全に管理する技術と安全管理のための法令等の規制手段があれば、顕在化することはなく、潜在的なものにとどまるものであり、原子炉等規制法及びその関連法令は、右の技術が存在することの確認を含む安全管理のための規制を行つているのであるから、原子力発電所の設置により当然に周辺住民の生命、身体の安全が害されるということはできず、なお、右規制の一環である原子炉設置許可の処分に瑕疵がある場合にはその取消しの訴えが認められることにも徴し、その処分が周辺住民に被害の受忍を強いるものともいい難い。したがつて、原子力発電所の設置によつて直ちに周辺住民の生命、身体の安全が害され周辺住民がこれを受忍する義務を負うかのようなことを前提とする控訴人らの右主張は失当というべきである。

2また、控訴人らは、右主張に関連し、いわゆる第三者没収についての判例(最高裁昭和三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一五九三ページ)を指摘する。しかし、右判例は、被告人以外の第三者の所有に属する物をも被告人に対する付加刑として没収することができる旨の規定について、それが没収の言渡しにより当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨のものであるのに、所有者たる第三者に対し告知、弁解、防禦の機会を与えるべきことの定めがないこと、すなわち、当該第三者が没収(所有権剥奪)を争えずこれを甘受せざるを得ないこととなつていることを、憲法三一条、二九条に違反するとしているものであつて、要するに、憲法で保障されている財産権が適正手続によらず不当に侵害される結果を招くことが明白である場合に関するものであると思料されるところ、原子力発電所の設置については、厳重な規制により、周辺住民の安全を含む公共の安全が図られているため、その設置によつて周辺住民の権利を侵害することが明白であるわけではないから、右判例の場合と本件の場合を同一視することはできない。のみならず、原子炉の設置については、災害を受けるおそれのある住民(いわば右の第三者に相当する。)に、設置者(同じく被告人に相当する。)を相手とする救済方法のみでなく、設置許可処分(同じく没収に相当する。)自体の適法性を争いその取消しを求めることも認められるのであるから、このことからしても、右判例の場合と本件の場合は異なるというべきである。したがつて、周辺住民の同意の規定を欠く原子炉等規制法が違憲でないとする前記判断が、右判例に反するなどとは到底いえない。

3控訴人らは、更に、許容被曝線量等を定める件(告示)は法律の委任を欠くからこれを有効とすることは憲法四一条、七三条、国家行政組織法一三条に違反する旨主張するが、右告示は総理府令である原子炉規則に基づくものであり、同規則は法律である原子炉等規制法に基づくものであるから、右告示による許容被曝線量の定めが法的根拠に欠けるとはいえず、また、許容被曝線量をどの程度とみるかは、原子炉施設等が核燃料物質等による災害の防止上支障がないものであるか否かの判定、すなわち、本件許可処分の内容の当否にかかわることであると考えられるから、右の定めをもつて、本件許可処分の手続が違法であるということはできない。

4なお、控訴人らは、原判決は「すべて裁判官は、その良心に従い職権を行わねばならない」と規定する憲法七六条三項に違反する旨主張するが、右規定は、裁判官が法の範囲内で自己の自主的な判断にのみ従つて裁判すべきこととしているものであるところ、原判決の判示に照らすと、それが法に基づかず裁判官の良識に反したものであるとは到底思えないから、右主張は失当である。

第三  原子炉設置の安全性に関する司法審査の範囲について

一原子炉の安全性いかんは、当事者双方の主張立証からも明らかなように、専門家の間でも見解の分かれる高度の科学的・専門技術的問題であるから、これに関する司法審査の範囲いかんということが当然問題となる。

二そこで考えてみるに、右の安全性が確保されていなければ周辺住民に災害が及ぶことになるから、その権利救済の必要性があることはもちろんであるが、他方、原子力政策ないし原子炉の安全確保に関する規制については行政当局が責任を負うべきであつて、原子炉設置許可処分は、行政当局が、科学的・専門技術的知見を動員して許可申請に係る原子炉が安全性を有すると判断し、かつ、原子力政策を踏まえて行うものであるところ、裁判所は、もともと科学的・専門技術的な問題そのものについての終局的な判定者たり得る立場にはなく、なお、行政の右のような責任を肩替りすべき立場にもない。これらの事情を総合して判断すれば、権利救済の必要性にかんがみ、原子炉設置の安全性を肯定する行政の判断に対し司法審査が行われるべきことは当然であるが、その審査の範囲については、いわゆる実体的判断代置方式が採られる通常の行政訴訟の場合と同様に考えることはできず、おのずから限界があるといわざるを得ない。

三そして、この点につき原子炉等規制法及び関連法令の規定等に照らして更に検討するに、まず、控訴人らは、原子炉設置許可処分は周辺住民の生命、身体等に災害を及ぼさないよう安全性が確保されていることが絶対の要件であるところ、原子炉の安全性を確保する技術については未だ完全な実験、実証を経ておらず、未知の部分が多いので、現段階において原子炉を設置することは、右の災害が生ずる蓋然性が極めて高いから許されるべきではない旨主張し、原審証人藤本陽一、同佐藤進、同星野芳郎は、右主張に沿う証言をしているが、原審証人内田秀雄、同村主進の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、現在における科学的見地からしても、原子炉を安全に管理しその危険性を潜在的なものにとどめる技術は存在し、これとその安全管理のための法規制により、原子炉の安全性は十分確保できる、とする専門家、技術者が多数いることが認められる。したがつて、原子炉等規制法及び関連法令が制定され、同法が原子炉の設置を一般的に禁止するだけでなく安全確保の点を含む所定の要件を充足することを条件にその設置を許すこととしているのは、右認定のような見地に立つてのことであると考えられるから、かかる立法自体を否定するに等しい控訴人らの右主張は失当といわざるを得ず、結局のところ、原子炉設置の安全性の判断は、現在における科学的見地から相当と認められる程度の実験、実証に基づいてなされるべきものと解せられ、しかも、その判断は、事柄の性質にかんがみ、単なる事実判断ではなく価値判断を含むものであると思料される。

また、原子炉等規制法は、原子炉の安全性に関する判断基準(許可基準)を抽象的、包括的に「災害の防止上支障がないものであること」と定めるとともに、内閣総理大臣がその基準を適用するについては委員会の意見を尊重すべきこととしており(同法二四条一項四号、二項)、右基準を具体化した委員会ないし安全審査会における審査基準は、原子炉規則(総理府令)、許容被曝線量等を定める件(科学技術庁告示)、立地審査指針(委員会決定)、気象手引(同)、安全設計審査指針(同)等に定められている(なお、明文化されたのは本件許可処分後ではあるが、委員会決定として、ECCS安全評価指針、線量目標値評価指針がある。)のであるが、これらのことと、原子炉の安全性に関する判断が科学的・専門技術的知見に基づくものであることをあわせて考えれば、原子炉等規制法が右のとおり抽象的、包括的な規定をするにとどめていることは、原子炉の安全性に関する判断につき行政庁の専門技術的裁量を予定し、その一環として、右判断のために必要な具体的基準を下位の法令及び行政庁の内規等で定めることを是認しているものとみられ、要するに、その基準の内容については、科学的・専門技術的見地から原子炉の安全性を確保するに足りると合理的に考えられる範囲内で、これを行政庁の裁量に委ねているものと解せられる。

更に、右の原子炉規則等に定められている審査基準や設置法の安全審査会に関する規定からも明らかなごとく、原子炉の安全性に関する判断は、極めて複雑な技術体系を有するものを対象とし、多くの専門分野にわたる事柄につきそれぞれの専門家を動員して行われるものであり、しかも、その判断には、将来の予測に係る事項についてのものも含まれており、なお、事柄によつては、判断の方法・根拠等につき選択の余地があり、複数の方法のうちいずれかを選択したことが専門技術的見地からして不合理ではないとみられる場合もあると考えられる。したがつて、原子炉の安全性に関する判断は、それぞれの専門分野についての専門技術的知見、実績、専門家である審査委員の学識、経験等を結集した上での総合的な評価・判断として成り立つものといわざるを得ないから、かかる判断過程等からしても、右判断が行政庁の裁量を伴うものであることは否定すべくもない。

そうすると、原子炉等規制法及び関連法令は、行政庁に対し、原子炉の安全性が肯定された場合における原子炉設置の許否についての政策的裁量のみでなく、安全性を肯定する判断そのものについても専門技術的裁量を認めていると解せられるから、原子炉設置許可処分は行政庁の裁量処分であるといわなければならない。

四もつとも、原子炉の安全性に関する判断が行政庁の裁量とされているのは、その判断の性質にかんがみ、具体的かつ詳細な判断基準や判断過程等を法律に定めることが適切でないことから、いわば手段的に個別的な判定を行政庁に委任する趣旨であると思われるので、その裁量は、周辺住民の生命、身体にかかわることにも照らし、法律の委任する範囲内で合理的な根拠に基づき適正に行われるべきものであるところ、その適正いかんが争われる場合において、行政庁は合理的な根拠に基づいておればそのことの主張立証を容易になし得る立場にあるのに対し、行政庁以外の者は不合理不適正であることを主張しても事が専門技術的問題であるだけに合理的な根拠に基づいていないことを立証することが容易でない立場にあるといえるから、このこととは、原子炉設置の安全性に関する司法審査の範囲を判断する上で考慮しないわけにはいかない。

五しかして、以上の考察からすれば、原子炉設置の安全性に関する司法審査は、その安全性いかんという問題について裁判所が全面的、積極的に審理判断するのではなく、安全性を肯定する行政庁の判断に、現在の科学的見地からして当該原子炉の安全性に本質的にかかわるような不合理があるか否か、という限度で行うのが相当であり、ただ、その点の主張立証については、公平の見地から、安全性を争う側において行政庁の判断に不合理があるとする点を指摘し、行政庁においてその指摘をも踏まえ自己の判断が不合理でないことを主張立証すべきものとするのが妥当であると考えられる。よつて、以下の判断は、かかる見地から行うものである。(付言するに、控訴人らは、本判決の引用する原判決の事実摘示が主張立証責任を転換した不当なものである旨主張するが、以上の見解に照らせば、右事実摘示は妥当なものというべきである。)

第四  平常時被曝の危険性について

一原判決の引用

この第四の点に関する当裁判所の判断は、次の二のとおり補正し、三のとおり補足説明を付加するほか、原判決理由第三の説示(Cb一ページから五五ページまで(一四一ページ二段一三行目から一五四ページ四段七行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

二原判決の補正

1原判決Cb一ページ三行目から四行目(一四一ページ二段一六行目から一七行目)にかけての「昭和三五年(一九六〇年)ころまでは」を「かつては」と改める。

2同Cb一二ページ八行目(一四四ページ一段一六行目)の「その危険性」から同一〇行目(二〇行目)までの記載を「ICRPの勧告を尊重し、その勧告に係る線量限度を許容被曝線量と定めた上、原子炉設置許可に当たつての安全審査において、被曝線量を許容被曝線量よりも更に低く抑える方向で審査することは、決して不合理ではないというべきである。」と改める。

3同Cb一六ページ七行目(一四五ページ一段一一行目)の「ICRP」から同一四行目(二五行目)の「証拠はない」までの記載を「原審証人黒川良康の証言によれば、原子力発電所から放出される気体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線のほとんどは低エネルギーのもので透過力が小さいためそれによつて被曝するのは皮膚であるから、右ベータ線による被曝と透過力の大きいガンマ線による全身の被曝とは区別して評価するのが相当であつて、これを合計したものを全身の被曝線量と考える必要はない、という見解があることが認められるのであり、この見解によることが周辺住民の被曝障害に直結するとは思えない」と改める。

4同Cb一七ページ一五行目(一四五ページ二段二六行目)の「あること」の次に「が原審証人内田秀雄の証言によつて認められ」を加える。

5同Cb四〇ページ七行目(一五一ページ一段四行目)の「次に」からCb四二ページ一行目(同二段二三行目)までの記載を「また、右③の点について考えてみるに、甲第一四五号証によれば、再処理施設から海洋中へ放出される廃液に含まれている放射性物質による被曝線量が、内部被曝については全身に対し年間1.4ミリレム、外部被曝については同じく8.3ミリレムと予想されていることが認められる上、原審証人久米三四郎は、原子力発電所の液体廃棄物による外部被曝は内部被曝の約一〇倍になると証言しているから、被控訴人が外部被曝は内部被曝に比べて著しく小さいということを理由に外部被曝の評価を不要と判断したことは、にわかに納得できない。しかし、右書証と乙第二三号証によると、右の予想被曝線量は、もつともきびしい場合を想定してのものであり、かつ、それ自体がICRPの勧告に照らして危険であるといえるほどのものでもないことが認められる上、仮に右の約一〇倍という比率そのものが否定し難いものであるとしても、右証言によれば、再処理施設ではいわゆるたれ流しが行われているため、そこでの液体廃棄物に含まれる放射性物質の濃度は原子力発電所の場合よりもかなり高く、したがつて、原子力発電所の液体廃棄物による被曝線量は、右の予想被曝線量を相当に下回ることが認められる。それゆえ、右③の点も結局不合理とはいえず前示認定を左右するものではない。更に、右④の点について考えてみるに、甲第一〇二・一四四号証、原審証人宮永一郎の証言によれば、コバルト六〇が検出されたホンダワラの採取場所は放射性物質の濃度が最も高くなる放水口直近であり、しかもその検出は常時でなく一時期にすぎないこと、一グラム当たり0.2ピコキュリーという量は被曝評価上特に問題としなければならないほどのものではないことが認められる。したがつて、右④の点も前示認定を左右するに足りない。」と改める。

6同Cb四二ページ一〇行目(一五一ページ三段一〇行目)の「無視しうる」の次に「としたことが結局において不合理でない」を加える。

7同Cb四五ページ三行目(一五二ページ一段二五行目)からCb四六ページ八行目(同三段五行目)までの記載を次のとおり改める。

「そこで、固体廃棄物の最終処分の審査がされなかつたことの当否について検討するに、〈証拠〉によれば、我が国では、固体廃棄物の最終的な処分については、海洋投棄等の方法を計画し、近い将来においてこれを実施すべく、その安全性に関する調査・研究等の準備を行つており、その実施までの間に原子力発電所から発生する固体廃棄物はその事業所内に貯蔵・保管(廃棄施設への廃棄)させることとしていること、四国電力は、そのような実情にかんがみ、固体廃棄物は差し当たり発電所敷地内の貯蔵所に保管して放射能の減衰を図りその最終処分(海洋投棄)は将来関係官庁の承認を得て行うということで、本件原子炉設置の許可申請をしたものであり、これに対応して、本件許可処分に当たつては、固体廃棄物の廃棄設備につき貯蔵・保管の設備のみの安全性が審査されたことが認められる。

しかるところ、原子炉等規制法二三条二項五号は、原子炉設置許可申請書に原子炉施設の位置、構造及び設備の記載を要求し、原子炉規則一条の二第一項二号ト(ハ)は、固体廃棄物の廃棄設備についてその構造及び廃棄物の処理能力を申請者の記載事項とし、原子炉等規制法二四条一項四号は、原子炉施設の安全性に係る許可基準として原子炉施設の構造及び設備等が災害の防止上支障がないものであることと定めており、また、原子炉等規制法三五条、原子炉規則一四条は、固体廃棄物の廃棄につき、原子炉施設の一部である廃棄施設に廃棄して管理することを原則とし、海洋投棄(最終処分)は例外的な措置としており、なお、その例外的措置は、前記のような我が国の現状に照らし、計画が具体化して実施に移された段階で適切な規制の下に行われる運びとなるわけなので、これらをあわせ考えれば、原子炉設置許可の際の固体廃棄物に関する審査は、特にその最終的な処分のための設備をも設置するとして申請があつた場合であればともかく、そうでない以上、貯蔵・保管設備である廃棄設備の構造等について行えばよく、発電所内から搬出して最終的に処分するなどの方法は審査事項ではないと解されるから、前記のような本件の申請及び審査は是認できるというべきである。

この点に関し、控訴人らは、廃棄物という概念が最終処分を予定しているというべきこと、気体廃棄物の対象となつていることなどから、固体廃棄物の最終処分の方法も安全審査の対象である旨主張するけれども、原子炉等規制法、原子炉規則中における「廃棄」とは、前記のとおり固体廃棄物は原則として廃棄施設に廃棄するとされていることから明らかなように、必ずしも最終的な処分ないし廃棄を意味するものではなく、安全な方法によつて貯蔵・保管するなどの措置を講じて管理することも「廃棄」といい得るのであり、また、気体廃棄物及び液体廃棄物は、固体廃棄物と異なり、排気施設や排水施設により環境に放出して廃棄せざるを得ないものであるため、右施設の安全性について審査する必要があると考えられるのであつて、要するに、原子炉等規制法及び原子炉規則は、廃棄物の種類及び性質によつて廃棄に関する審査内容が異なるのは当然のこととしているものと解せられ、なお、固体廃棄物の廃棄を右の管理の方法によつて行うことが直ちに周辺住民の災害につながるとは認められず、前記のようにやがては海洋投棄等の最終処分がなされることにもなつているから、右主張は失当である。

したがつて、本件許可処分に際し固体廃棄物の最終処分の方法について審査がなされていないことは、何ら違法ではないというべきである。」

8同Cb五一ページ八行目から一三行目(一五三ページ四段三行目から一三行目)までの記載を次のとおり改める。

「原子力発電所における作業者被曝(作業者の被曝線量の総和)が増加していることは当事者間に争いがないが、その増加が原子力発電所の放射線管理の杜撰さに起因すると認めるに足りる証拠はなく、弁論の全趣旨によれば、原子力発電所においては、原子炉の基数及び定期検査等が増加しそれに伴つて作業者が増加する傾向があることが認められるから、作業者被曝(総和)の増加は作業者が増加したためであるとも思われ、個々の作業者の被曝線量が増加していると断ずることはできない。また、甲第二〇二号証によれば、原子力発電所の作業に従事していた者が急性骨髄性白血病で死亡したことが認められるが、それを科学的・医学的に被曝死と認め得る確証はなく、なお、これまでに作業者の被曝が障害として発生した例があるとは認められない。したがつて、原子力発電所における作業者の被曝管理が一般に不十分であるということはできない。

そして、原子炉設置許可処分との関連で作業者の被曝管理についての規定をみてみると、原子炉等規制法二四条一項四号は、原子炉施設の構造、設備が災害の防止上支障がないことを許可の要件としているところ、原子炉規則一条五号、七条は、原子炉施設のうち、炉室、放射性廃棄物の廃棄施設等の場所における外部放射線量、空気中若しくは水中の放射性物質の濃度又は放射性物質によつて汚染された物の表面の放射性物質の密度がそれぞれ一定の基準(許容被曝線量等を定める件一条の二、六条、三条に定められている。)を超える場所を管理区域としなければならないとしており、更に、原子炉規則七条、八条は、管理区域については、壁、さく等の区画物によつて区画するほか、標識を設けることによつて明らかに他の場所と区別し、かつ立入制限等の措置を講じるとともに、作業者の集積線量及び被曝線量がそれぞれ一定の基準(許容被曝線量等を定める件四条、五条に定められている。)を超えないようにしなければならないとしている。しかるところ、〈証拠〉によれば、本件原子炉の安全審査においては、作業者の被曝管理について、基本となる遮へい設備、換気設備の配置、構造等の設計方針が被曝を低減化する上で妥当なものであるかどうか、また、管理区域の設定、作業者の出入管理、作業時の保護具の着用、被曝線量の測定評価等の被曝管理がその基本方針において厳重に行われることになつているかどうかを審査した上、本件原子炉は作業者の集積線量及び被曝線量が右の基準以下に管理され得る設備となつていることを確認したことが認められる。

それゆえ、本件許可処分は、作業者の被曝管理について法令に基づいた審査を経ているというべきである。」

9同Cb五三ページ七行目(一五四ページ一段二七行目)からCb五四ページ一四行目(同三段一〇行目)までの記載を次のとおり改める。

「ところで、〈証拠〉によれば、四国電力は、使用済燃料を動力炉・核燃料開発事業団において再処理することを基本方針とし、再処理をするまでの間は、施設内に貯蔵・保管することとして、本件原子炉設置の許可を申請したものであり、本件許可処分に当たつては、使用済燃料の貯蔵・保管設備の安全性が審査されたが、その最終的な処分ということについては安全性の観点から審査はされなかつたことが認められるところ、控訴人らは、その最終処分も安全審査の対象であるから、これにつき審査をしなかつたことは違法である旨主張する。しかし、原子炉設置許可処分に際して行われる安全審査は、原子炉施設についてのものであり(原子炉等規制法二四条一項四号)、使用済燃料の再処理については同法四四条以下により、また、その輸送の安全性については同法三五条、五九条等によりそれぞれ規制されているから、使用済燃料に関する安全審査は、その貯蔵・保管設備が災害の防止上支障がないものであるかどうかについて行うことで足りると考えられる。もつとも、原子炉規則一条の二第一項五号は、使用済燃料の処分の方法につき処分等の相手方のみでなく処分又は廃棄の方法をも申請者の記載事項としているが、これは、使用済燃料が再処理して有効に利用できるものであることにかんがみ、原子炉等規制法二四条一項一号及び二号の許可基準、殊に一号の関係で使用済燃料が非平和的に利用されるおそれがあるか否かを判断するためのものであると解せられるのであり、右記載事項をもつて、同項四号の許可基準の観点から使用済燃料の最終的な処分について審査すべきものと断ずることはできない。また、使用済燃料の貯蔵・保管が長期にわたるときは周辺住民に災害を及ぼす事態を招くという議論があるけれども、貯蔵・保管設備の安全性が確保されている以上、貯蔵・保管が長期にわたつても周辺住民に災害を及ぼすことにはならない筋合であるし、もし使用済燃料の再処理が遅れて貯蔵・保管量が増加し既設の段階ではまかないきれない事態となれば、設備の増設を必要とするであろうが、増設される設備については、同法二六条一項の変更許可に際し安全性が審査されるから、貯蔵・保管が長期にわたることをもつて、使用済燃料の最終的な処分が安全審査の対象であるとみることはできない。なお、右記載事項中の「廃棄」は、前記の固体廃棄物の廃棄に関する説示と同様、必ずしも最終処分を意味するとはいえない。したがつて、本件許可処分に際し使用済燃料の最終的な処分について安全審査がされなかつたことは、違法ではない。」

三本件原子炉の放射性物質の放出

管理における安全性について

許容被曝線量等を定める件、安全設計審査指針Ⅲ・九及び十等に徴すると、原子炉の放射性物質の放出管理に関する安全審査においては、周辺公衆の被曝線量が許容被曝線量年間0.5レムを下回り更に低く抑えられることになつているかどうかが確認されなければならず、そのために、平常運転によつて生成される放射性物質が一次冷却水中に現われるのを極力防止し得る設計になつているかどうか、一次冷却水中に現われた放射性物質をできる限り捕捉して原子炉施設内に保留し環境に放出される放射性物質の量を最小限に抑制し得る設計となつているかどうか、環境に放出される放射性物質を適切に監視できる設計となつているかどうかが審査されなければならないと考えられる。しかるところ、〈証拠〉によれば、①本件原子炉において発生する気体廃棄物としては、化学体積制御設備において一次冷却水から分離、抽出したもの、各種タンクのカバーガス及びポンプやバルブ等からの漏洩水から発生するもの等があるが、そのうち一次冷却水から分離、抽出されたもの及びタンクのカバーガスは、原子炉補助建屋内のガス減衰タンクに導き三〇日間以上貯留して放射能を減衰させた後、放射線モニタでその放出量を監視しながら補助建屋排気筒から放出する(もつとも、タンクのカバーガスは原則として再使用され余剰のものを放出する。)こととなつており、また、ポンプ等からの漏洩水から発生するもののうち、原子炉格納容器内に漏洩したものは換気時に、補助建屋内に漏洩したものは連続的に、それぞれの排気筒からフィルタを通過させた後、放射線モニタでその放出量を監視しながら排出することとなつていることが確認され、放出される放射性物質のうち、放出量が最も多く、全身被曝線量に最も寄与する希ガスの量は、燃料被覆管のピンホール程度の損傷が後記認定の損傷率より高い年平均一パーセント生じた状態において運転を継続するという条件を仮定して、年間約二万六〇〇キュリーと評価され、気体廃棄物による周辺公衆の全身被曝線量は、右希ガスの排出量に着目し、気象手引に基づいて、現地における一年間の気象観測データ等から求めた風速、大気安定度及び風向出現ひん度、放出高さ、放出ひん度等を考慮して計算した結果、年間0.0006レムと評価されたこと、②本件原子炉において発生する液体廃棄物としては、化学体積制御設備において抽水した抽出水、ポンプやバルブ等からの漏洩水、イオン交換樹脂の再生廃液、実験室において発生した分析廃液、発電所作業員の衣類等の洗濯廃水等があるが、そのうち、抽出水や漏洩水等は、タンクに導き、フィルタによつて固形物を取り除き、蒸発装置で蒸留した上、脱塩器によつてイオン状物質を取り除く等の浄化処理を行い、原則として一次冷却水として再使用することとなつており、再生廃液や分析廃液等は、廃液貯蔵タンクに導き、フィルタによつて固形物を取り除き、蒸発装置で蒸留したものを更に脱塩器によって放射性物質を取り除いた後、廃液モニタタンクに入れ、放射能測定装置によつて放射性物質の濃度が十分低いことを確認した上、放出配管に設置されている放射線モニタによつて監視しながら復水器冷却用海水に混合希釈し、放出口から発電所前面海域に放出されることとなつており、洗濯排水等は、洗浄排水タンクに導き、放射能測定装置によつて放射性物質の濃度が十分低いことを確認し、フィルタによつて固形物を取り除いた後、右同様に海域に放出されることとなつており、更に、洗濯排水等に含まれる放射性物質の濃度が高い場合には、右の再生廃液や分析廃液等と同様の処理を行うこととなつていることが確認され、放出量は、右のように外部放出が多くなくかつ慎重な処理が行われることから、トリチゥム以外のものが年間一キュリー、トリチゥムが年間五〇〇キュリーを超えることはないと評価され、液体廃棄物による周辺公衆の全身被曝線量は、右の放出量と、放水口近傍海域の魚を二〇〇グラム、海藻を一〇グラム、無せきつい動物を二〇グラムずつ毎日摂取することなどを前提に計算した結果、年間0.00001レムと評価されたことが認められる。しかして、以上によれば、本件原子炉の放射性物質の放出管理における安全性については、所定の基準に則つた審査・判断がなされているというべきである。

控訴人らは、右の審査・判断が適正を欠いているとして、動植物実験の結果、著名学者の調査報告等、倍加線量の考え方、BEIR報告、許容被曝線量の定めの不合理等を挙げているが、首肯し難い。すなわち、①〈証拠〉に徴すると、控訴人らが放射線による障害が発生したと主張する実験例は、原判決も判示しているとおり、動物実験の場合は、照射線量が自然放射線の量に比べて極めて高いものであり、植物実験の場合も、最も照射線量が低いものでも自然放射線の数倍程度の線量を極く短期間に照射したものである上、植物の細胞と人間のそれとは、代謝条件も反応条件も大きく異なつており、遺伝機構における回復及び淘汰能力等も明らかに異なるから、そのような動植物実験のデータをそのまま人間に適用するのは相当でないと考えられる。②〈証拠〉に徴すると、スターングラス博士やスチュワート博士らの調査報告等にはデータの採り方等に問題点があつてその内容は必ずしも信頼できるものではないと思われる。③〈証拠〉によると、倍加線量の考え方は、障害の発生率が自然発生率に対して二倍になる線量を基に、ある線量での障害の発生率を算定することができるというものであつて、これを適用できるのは、右のある線量を含む線量域においても線量と障害の発生率との関係が直線性を示すことが明らかにされている場合であるところ、現在の知見では、高い線量域においてはともかく、いわゆる低線量域においては、右の直線性があるのか、それともしきい値があるのかが明確にされていないことが認められるので、倍加線量の考え方を確立された知見であるとみることはできない。④〈証拠〉に徴すると、BEIR報告は、放射線防護のための規制の根拠や、他の社会的リスクとの相対的比較の資料を得るため、低線量の放射線の人に対する影響を高線量の放射線において得られた動植物実験等のデータから推定したものであつて、その推定値は、実際に生じるかもしれない障害等のリスクを示すものではないことが認められるから、その値をもつて放射線の危険性を論じることが正しいとは思えない。⑤〈証拠〉によれば、ICRPは、放射線による障害について、しきい値が存在するかもしれないことを認めながらも、これを積極的に肯定する知識がないことから、低い線量でも障害が発生するかもしれないという慎重な仮定の下に、原子力の利用によつて得られる利益からみて社会が容認できる程度の放射線の量を線量限度とし、過去の長期間にわたるエックス線やラジウムその他の放射性物質の使用経験等に照らして、公衆に対する線量限度を年間0.5レムとすることを勧告するとともに、実際の被曝線量は容易に達成できる限り低く抑制することを勧告しており、この勧告は先進諸国においても採用されていることが認められるから、公衆に対する許容被曝線量を右の年間0.5レムと定め、これ以下に抑制する方向で安全審査を行うことは、何ら不合理ではないというべきである。

以上要するに、右の審査・判断は、仮に数値の点で若干の問題があるとしても、基本的な点において過誤、欠落があるとは考えられず、不合理ではないというべきである。

第五  事故防止対策について

一原判決の引用

この第五の点に関する当裁判所の判断は、次の二のとおり補正し、三、四のとおり補足説明を付加するほか、原判決理由第四の説示(Cc一ページからCd四三ページまで(一五四ページ四段八行目から一八〇ページ四段二一行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

二原判決の補正

1原判決Cc八ページ五行目(一五六ページ三段二一行目)、同二三ページ六行目(一六〇ページ二段二二行目)の各「過去に」の次に「後述するTMI事故のほか」を加える。

2同Cc五一ページ一五行目(一六七ページ三段五行目)の「かつ」から同一六行目(同七行目)の「ないこと」までを削除する。

3同Cd三ページ二行目の(一七〇ページ四段一六行目)の「いること」の次に「、以上のうち、②は原審証人垣見俊弘の証言及び原審鑑定人木村敏雄・小野寺透の鑑定の結果によつて認められ、①、③、」を加える。

4同Cd四ページ九行目(一七一ページ一段二〇行目)の「(4)」から同一三行目冒頭(同二七行目末尾)の「いこと」までを「(4)本件敷地の岩盤にはレンズ状破断或はレンズ状剪断といわれる現象がみられるが、そのような現象は、中央構造線の近くの岩盤に特有のものではなく、古い時代の地層から成つた岩盤にはよく存在するものであるから、これをもつて直ちに中央構造線が本件敷地の直近を通つているとはいえず、また、本件敷地においては、右の現象があつても、地下で固結しているため基礎地盤全体の安定性に問題はないこと」と改める。

5同Cd一一ページ六行目(一七二ページ四段二二行目)の「出現し」から同一二行目(一七三ページ一段二行目)の「ないこと」までを「出現するというばらつきがあるけれども、本件原子炉設置場所付近の岩石は、その試験の結果、新鮮な緑色片岩とした測定値に対応すると判断されており、また、ボーリングコアの観察結果からも、地下深部に及ぶような風化は報告されていないのであるから、右ばらつきは、片理或は節理等の影響であつて、風化によるものとは考えられないこと」と改める。

6同Cd一五ページ八行目(一七三ページ四段二八行目)の記載の末尾に続けて「また、証人生越、同荻野の各証言及び鑑定人生越の鑑定中前示認定に反する部分は、前掲の他の証拠に照らし、採用することができない。」を加える。

7同Cd二三ページ六行目の「乙第二五七号証」(一七五ページ四段一二行目〈証拠〉中のもの)を「乙第五七号証」と改める。

8同Cd三七ページ四行目(一七九ページ二段二一行目から二二行目にかけて)の「右報告書の記載は誤植の疑いもあり」を「配管類の応答倍率については、電気事業法四一条の工事計画の認可に際し具体的に審査されるものであり(弁論の全趣旨によれば現にその審査において安全性が確認されたことが窺われる。)」と改める。

9同Cd三九ページ一一行目(一八〇ページ一段二三行目)の「右主張事実を認めるに足る証拠はない」を「甲第一三四号証の一の論文には右主張に沿うかのような記述があるけれども、被控訴人の主張並びに弁論の全趣旨によると、右主張ないし記述は、設計応答曲線の形状を定めている指針を、設計震度(設計加速度値)を定めていると判断した上でのものである疑いがあるから、我が国の耐震設計がアメリカの基準と比較して甘く危険であるとは即断し難い」と改める。

三本件原子炉における使用燃料及び一次冷却材圧力バウンダリの健全性について

1安全設計審査指針Ⅲ・三によれば、炉心設計について、原子炉の炉心が、予想される運転上の過度状態を含む、平常運転時に燃料の許容損傷限界を超えることなくその機能を果たし得る設計であるかどうかを審査することになつているので、燃料に関しては、燃料がその許容損傷限界(原子炉の設計と関連して、安全設計上許容される程度の燃料損傷でなおかつ原子炉施設の運転が継続できる限界。安全設計審査指針Ⅲ・一・(7))を超えることがないかどうかを審査することになる。しかるところ、本件原子炉において使用される燃料の構造が被控訴人主張のとおり(原判決Bh二ページ)であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件安全審査においては、炉心に配置される約二万本の燃料棒の核分裂の仕方が一様でなく、炉心内での位置や軸方向の位置によつて異なることから、炉心内で最も熱的条件が厳しくなる燃料棒を念頭に置き、かつ、その燃料棒のうちでも最も熱的条件が厳しくなる点を考慮して、審査が行われ、その結果、①DNB比(限界熱流束比)が一以下になれば燃料被覆管が焼損を起こす可能性があるとされているところから、本件原子炉において使用される燃料については、燃料被覆管の熱的条件が最も厳しくなる点において、原子炉が過出力(一一二パーセント出力)であつても、DNB比が1.3以上になるように設計されているので、燃料被覆管の損傷に対しては、いずれの燃料被覆管についても、余裕のある設計となつているといえる温度は、過出力(一一二パーセント出力)時でも、摂氏約二六四〇度と見込まれ、二酸化ウランの融点(摂氏約二八〇〇度)を超えることはないこと、③燃料ペレットや燃料被覆管には、耐熱性、耐食性、耐放射線性等のある焼結二酸化ウランやジルカロイー四が用いられること、④燃料の製作工程に特段の問題はないこと、⑤従来燃料に関して発生した事象が設計上配慮されていること等が確認され、これらを総合し当時の原子力発電所の運転実績をも参酌して、仮に燃料の製作時に多少のばらつきがあつたとしても、その損傷割合を0.25パーセント以下に抑えることができ、この程度であれば、前記の許容損傷限界を超えることはないと判断されたことが認められるのであつて、この認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、以上によれば、本件原子炉において使用される燃料の健全性については、所定の基準に則つた審査・判断がなされているというべきである。

2安全設計審査指針Ⅲ・五によれば、一次冷却材圧力バウンダリ(原子炉冷却材圧力バウンダリ)については、バウンダリとなる系及び各機器が、予想される異常状態に起因する急激な炉心への反応度付加に基づく荷重に対しても破損することがないような設計となつているかどうか、脆性破壊を防止するためその最低使用温度が使用される材料の脆性遷移温度にある値を加えた温度以上となるような設計となつているかどうか、その健全性を評価するため試験及び検査ができるような設計となつているかどうかを審査することになつている。しかるところ、本件原子炉において使用される原子炉圧力容器及び一次冷却系配管並びに蒸気発生器の構造が被控訴人主張のとおり(原判決Bh六〇ページ、同八八ページ)であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件安全審査においては、①一次冷却材圧力バウンダリの系及び各機器は、平常運転時及び異常事態発生時のいずれにおいても所要の強度と機能を保持するような設計となつていること、②一次冷却材圧力バウンダリのうちフェライト系鋼材を用いる部分は、脆性破壊を防止できるよう、脆性遷移温度よりも摂氏三三度以上高い温度で使用するようになつていること、③一次冷却水と接する部分には、その腐食を防止するため、耐食性のあるステンレス鋼等が使用されることとなつていること、④原子炉圧力容器の母材や溶接部については、熱遮へい体と原子炉圧力容器胴との間に試験片を挿入し、中性子照射による脆性遷移温度の変化を監視して、安全を確認することとなつていること、⑤圧力容器、配管、ポンプ、バルブ等の耐圧部及びこれらの支持構造物については、供用期間中の計画的な検査を実施し、その健全性が確認されることとなつていること、⑥一次冷却水の漏洩に対処するため漏洩監視設備が設けられることになつており、また、蒸気発生器細管の損傷に関係する二次冷却水の水質は良好に管理されるようになつていること等が確認され、これらを総合し従来発生した事象をも参酌して、本件原子炉の一次冷却材圧力バウンダリは健全性を保持できると判断されたことが認められるのであつて、この認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、以上によれば、本件原子炉の一次冷却材圧力バウンダリの健全性については、所定の基準に則つた審査・判断がなされているというべきである。

3控訴人らは、右1、2の審査・判断が不当であるとして、るる主張するが、首肯し難い。すなわち、①ホットチャンネル係数は、燃料の損傷を防止しその健全性を維持するための制限値(一定の値以下に抑える必要がある。)であつて、本件安全審査においては、2.67と設定されているところ、本件原子炉の設計計算値は2.3程度以下となつており、右2.67に比べて十分に余裕があるといえる。また、DNB比が1.3以上であればよいことは、原審証人三島良績の証言するところである。②甲第八〇号証についての原判決の判示は控訴人ら主張のようなものではない。③燃料棒が曲がつて制御棒案内管を押し曲げることによつて制御棒の操作が不可能となる事態が発生しないことは、原審証人三島良績の証言するところであり、〈証拠〉によれば、燃料被覆管は、大きな延性を有していることなどから、相変態によつて破断することはまずないことが認められる。④その余の燃料被覆管の危険性についての主張を採用し難いことは、後記第六において判示するとおりである。⑤原審証人内田秀雄の証言によれば、本件安全審査においては、昭和四七年六月一三日に発生した美浜原子力発電所の蒸気発生器細管の損傷事故についても考慮し、その損傷が極く局部的なものであることなどから、本件原子炉において使用される蒸気発生器細管にはそのような損傷が生じるおそれはないと判断されたことが認められる(なお、右の考慮が十分になされなかつたとしても、そのことから直ちに安全審査に過誤があるとはいえないと思料される。)。⑥三菱重工業が実施した蒸気発生器細管破壊試験の結果(乙第一五〇号証)によれば、同試験においては、新品のものだけでなく、放電加工により減肉させた細管と実際の減肉状態を模擬するため減肉表面を化学的に腐食させ微小な凹凸を与えた細管をも供試体とし、細管の減肉率が九五パーセント程度以下では運転時の内圧差圧(約一〇〇気圧)によつて細管の破裂が起こらないこと及び表面に微小な凹凸のある減肉の場合でも放電加工減肉の場合と同等の強度を有することが明らかになつたとされており、原審証人内田秀雄の証言によれば、本件原子炉の蒸気発生器細管が腐食等により減肉したとしても、毎年実施される定期検査において、減肉率二〇パーセント以上のものは検知でき、対応措置が行われることになつていることが認められるので、これらをあわせ考えれば、本件原子炉の蒸気発生器細管に損傷が生じたとしても、本件原子炉の安全性を確保できる裏付けはあるとみるのが相当である。⑦水処理の方法としてAVT法を採用している原子炉においても細管損傷が発生したという事例は、AVT法が直接原因となつたものとは必ずしもいえず、事故防止の見地からは、りん酸ソーダを使用する方法よりはAVT法が優れていることは否定し難いと思われるので、AVT法が採用されているから本件原子炉では細管損傷を防ぐことができるということは一の見解であり、たやすく排斥できないというべきである。⑧〈証拠〉によれば、本件原子炉及びこれと同型、同熱出力の九州電力玄海発電所一号炉の各定期検査において、蒸気発生器細管に格別の異常が認められなかつたことが明らかであるから、過電流探傷装置によつては細管の健全性は何ら保証されないという議論は失当というべきである。⑨〈証拠〉に徴すると、本件安全審査においては、本件原子炉圧力容器が、中性子照射による脆化の防止・軽減対策を講じる設計となつていること、及び、破壊試験により脆性遷移温度の実際の変化を把握した上、加圧器ヒーター、一次冷却材ポンプ等によつて一次冷却水を脆性遷移温度に摂氏三三度を加えた温度以上になるまで昇温した後に使用できる設計となつていることを確認し、そのことから、中性子照射による脆化に対して十分余裕のある設計となつていると判断したことが認められるので、この点に関する控訴人らの主張は当たらない。⑩監視用試験片、一次冷却水漏洩検知能力に関する控訴人らの主張は、〈証拠〉に照らして、たやすく採用し難い。

しかして、これらのことと既に判示したところに照らすと、右1、2の審査・判断は、本件原子炉の安全性に本質的にかかわるような過誤、欠落があるものとは考えられず、不合理ではないというべきである。

四本件原子炉の自然的立地条件適合性について

〈証拠〉によれば、本件安全審査においては、原子炉の設置と自然的立地条件との関連について、①地盤に関し、本件原子炉の敷地を含む周辺地域は地質的に安定しており近い将来に大きな地変、火山活動、陥没等の事象は予想されず、敷地は原子炉施設を設置するのに必要な広さを得られ地すべり・山津波等によつて同施設に損傷を与えるおそれがなく、同施設の設置場所は同施設を支持するに足りる地耐力を有し地震等による地盤沈下や不等沈下等を起こさないことが、②地震に関し、本件原子炉の敷地周辺における過去の記録等のデータを近年の器械観測による詳細な記録や学説等に照らして検討した結果から、将来起こると考えられる地震と地震動を想定し、その地震動に対しては、現在の工学的、技術的レベルからして、本件原子炉について余裕のある耐震設計を講じ得ることが、それぞれ確認され、更に、③本件原子炉は、地震時における安全性を考慮して、その主要施設を剛構造とした上、堅硬な岩盤に直接設置されることになつており、また、各施設の重要度に応じA、B及びCの各クラスに分類しそれぞれに応じた耐震設計が採用されていることなども確認され、これらに基づき、本件原子炉の敷地及び周辺地域の地盤は原子炉事故の誘因とはならず、かつ、地震時においても原子炉の安全性が確保できる設計となつており、自然的立地条件に適合すると判断されたことが認められる。そして、立地審査指針、安全設計指針Ⅲ・二の二・三に徴すると、右の審査・判断は、所定の基準に則つてなされているとみられ、また、その判断は、関係証拠に照らし、専門的見地からの相当な根拠を有しているものと認められる。

控訴人らは、地震の予測に関する安全審査に不備があるとして、るる主張するが、首肯し難い。すなわち、①〈証拠〉によれば、本件安全審査において四国太平洋沖の巨大地震を耐震設計上考慮する必要がないとされた理由は、本件原子炉の主要施設のように固有周期が0.1ないし0.3秒の短い所では、遠地点において巨大地震が発生したとしても、それによる最大加速度の値が小さく、また、巨大地震による卓越周期と右施設の固有周期との相違によつて施設が共振することもないため、施設に被害を生じることはないと判断したこと、法通寺の被害については、記録上、当時大洲で前後二回の地震があつたが後の方の地震(伊予西部の地震)によつて被害が出た旨、及び、九州においても伊予西部の地震による被害の方が大きかつた旨が明らかにされていることから、伊予西部の地震によるものであると判断したことであると認められるところ、この判断ないし理由は不合理とは思えない。②本件安全審査において、河角によるマグニチュードから0.5差し引いた値を用いたのは、〈証拠〉に徴し、決して特異なことではないと認められる。③本件原子炉の耐震設計に際し考慮された宇和島沖地震につき震源深さが三〇キロメートル以深と推定されたことは、〈証拠〉に徴して肯認できる。④〈証拠〉によれば、本件安全審査に際し設計に用いる地震の卓越周期を0.3秒としたのは、本件原子炉敷地周辺で過去に発生した地震に基づき本件原子炉の設計に用いる地震の規模等を想定評価した結果によるものであつて、昭和四三年の宇和島沖地震そのものを設計地震としたものではないから、同地震の卓越周期が無視されているとはいえない。⑤設計応答曲線が地震波の一部を包絡していない点が安全性に影響するものでないことは、原判決の説示(Cd三六、三七ページ)のとおりである。

以上要するに、右の審査・判断に不合理はないというべきである。

第六  事故対策について

一原判決の引用

この第六の点に関する当裁判所の判断は、次の二のとおり補正し、三のとおり補足説明を付加するほか、原判決理由第五の説示(Ce一ページから四四ページ一一行目まで(一八〇ページ四段二二行目から一九一ページ四段二行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

二原判決の補正

1原判決Ce三ページ一行目(一八一ページ二段一八行目)の「いるため、」の次に「それが機能する限り、」を加える。

2同Ce八ページ一〇行目(一八二ページ四段三、四行目)の「ること、すなわち」を「ること」と改める。

3同Ce一八ページ七行目(一八五頁一段二六、七行)の「供給されない」の次に「(燃料棒中には燃料ペレットがほとんど隙間のない状態で挿入されていること、燃料被覆管の破裂開口部の面積はほとんどが五平方ミリメートル以下となつていること等による。)」を、同一一行目の「超えなかつた」の次に「(摂氏約一一三〇度。乙第一三九号証)」をそれぞれ加える。

4同Ce二三ページ一二行目(一八六ページ三段九行目から一一行目)から一三行目にかけての「前示認定に照らし右証拠はいずれも採用しがたい」を「ECCSは、一次冷却系配管が破断したと想定した場合に、冷却水を注入することによつて炉心の冷却を継続し、炉心が崩壊することを防止するために設置されるものであり、したがつて、ECCS暫定指針がLOCA時に『燃料被覆管が著しく破損しないこと』としているのは、炉心溶融防止の観点から、燃料被覆管が冷却不可能な状態にまで大きく破損(炉心崩壊)しないことを要求するものであると考えられるので、ECCSの機能との関係では、冷却が可能である限り右の破裂の割合は特に異とするに足りないというべきである」と改める。

5同Ce三一ページ九行目冒頭(一八八ページ二段二七行目)の「いこと」の次に「(TMI事故については後述)」を加える。

6同Ce三六ページ一三行目(一八九ぺージ四段二行目)及び同三七ページ四行目(同一六行目)の各「争いがない」の次に「。この仮定は乙第七一号証掲記の実験結果等に照らして不合理とはいえない。」を加える。

三本件原子炉において使用されるECCSの有効性について

1本件原子炉においては、既に述べたように、その危険性を潜在的なものにとどめるため、燃料及び一次冷却材圧力バウンダリの健全性を確保する方策がとられている上、そのような方策にもかかわらず何らかの異常事態が発生した場合を想定して、一次冷却水の漏洩、減少等についての対策が講じられ、更に、一次冷却材喪失等の万一の事故を想定して、ECCS(非常用炉心冷却系)、原子炉格納容器、原子炉格納容器スプレイ設備、アニュラス空気再循環設備から成る工学的安全施設が設けられている。そして、原審証人内田秀雄の証言によれば、右工学的安全施設は、何らかの原因によつて一次冷却水が喪失し放射性物質を含んだ一次冷却水が原子炉格納容器内へ流出する事態となつた場合においても、ECCSによつて、炉心に冷却水を注入し炉心の冷却を維持して燃料被覆管の大破損を防止する、原子炉格納容器によつて、放射性物質をそこに閉じ込めて外への流出を防止する、原子炉格納容器スプレイ設備によつて、原子炉格納容器内に冷却水をスプレイし、流出水により加熱、加圧された原子炉格納容器を冷却、減圧するとともに、浮遊している放射性よう素等を洗い落として放射性物質が原子炉格納容器から流出するのを防止する、アニュラス空気再循環設備によつて、原子炉格納容器からアニュラス部へ漏洩した放射性物質を捕捉してそれが外部へ流出するのを防止する、などにより、炉心の崩壊を防止し、かつ、放射性物質の外部への流出を抑制ないし防止するようになっていることが認められる。

ところで、本件においては特にECCSの有効性に関する審査の当否が問題とされているので、考えてみるに、まず、ECCSには、一次冷却材喪失事故に対し、それによつて炉心が崩壊することのないように、確実に作動し、炉心の冷却を継続できる機能が要求されているところ、〈証拠〉によれば、本件原子炉について一次冷却水の喪失を想定する場合、理論的には一次冷却材圧力バウンダリを構成する原子炉圧力容器、蒸気発生器、一次冷却材ポンプ及び加圧器の破壊とこれらの機器を連絡する配管の破断とが考えられるが、燃料(炉心)の冷却を確保するというECCSの機能上の観点からは、右の各機器のうち、燃料が内蔵されている原子炉圧力容器以外のものは、一次冷却系配管を通じて原子炉圧力容器と連絡されているので、それらの破壊は、一次冷却系配管の破断と同視でき、また、原子炉圧力容器は、健全性が維持できるよう特に厳しい条件の下に設計、製作、管理されているため、破壊するような事態はまず考えられないことが認められるから、ECCSの性能評価について、一次冷却水の喪失を想定する場合には、一次冷却系配管の破断を考えておけばよいと判断できる。

そして、ECCSの設置目的ないし機能や安全設計審査指針Ⅲ・二の二・三、同六の六・一及び六・二、同七等に徴すると、ECCSに関する安全審査においては、ECCSの構造、材質、系統構成、総合性能等が、原子炉の使用期間中に予想される地震に対してその健全性が損われないような設計となつているかどうか、重複性、独立性を備える設計となつているかどうか(動的機器(必要に応じて外部からの動力により機械的に動作する部分を有する機器。安全設計審査指針Ⅲ・一・(6))の一台が故障した場合を仮定した場合でもECCSの機能を果たし得るような多重性を有する設計となつているかどうか、動的機器が安全性が損われていないことが示されない限り共用されない設計となつているかどうか、一系統で性能を発揮できるものを少なくとも二系統有する設計となつているかどうか、外部電源喪失時においても機能を果たし得る設計となつているかどうか)、重要な部分について物理的検査が可能なような、また、系統の性能試験が定期的に行えるような設計となつているかどうか、一次冷却材圧力バウンダリ内のいかなる寸法の配管破断による冷却材喪失事故に対しても燃料被覆管の溶融を防止できるような設計となつているかどうかなどを審査すべきものと考えられる。

しかるところ、〈証拠〉によれば、本件原子炉において使用されるECCSは、蓄圧注入系二系統、高圧注入系二系統及び低圧注入系二系統から構成され、蓄圧注入系は、二系統それぞれ、蓄圧タンク内に加圧したほう酸水を保持していて、一次冷却水の流出により一次冷却材圧力バウンダリの圧力が同タンクの圧力により低下した場合に、自動的に逆止弁が開き、一次冷却系配管の低温側へ注水を開始するようになつており、高圧注入系及び低圧注入系は、二系統がそれぞれ、原子炉格納容器内の圧力の増加又は原子炉圧力容器内の圧力の低下と加圧器の水位の低下との信号によつて自動的に作動し、一次冷却材圧力バウンダリ内の圧力に応じて、燃料取替用水タンク内のほう酸水をポンプで原子炉圧力容器及び一次冷却系配管の低温側へ注入するようになつており、更に、燃料取替用水タンクの水が残り少なくなると、原子炉格納容器の底部にたまつた水を冷却器で冷却して再び原子炉圧力容器及び一次冷却系配管へ注入する再循環冷却に移行するようになつているなど、長期間にわたり冷却水を注入し炉心冷却を継続することが可能な構造となつていること、本件安全審査においては、右ECCSが、①予想される地震力に対してその健全性が損われないような耐震設計を講じることとなつていること、②各注入系は、右のとおり二系統ずつあつて、それぞれ一系統のみの作動により炉心冷却に必要な冷却水が注入できるものとなつており、高圧注入系及び低圧注入系は、外部電源が喪失した場合でも、少なくとも二系統のうち一系統は作動するように二台の非常用ディーゼル発電機によつてそれぞれ電源が確保されているなど、重複性、独立性を有していること、③運転開始後も、その健全性を確認できるように、テスト配管によるポンプの起動試験、非常用ディーゼル発電機の起動試験、信号系統の動作試験等の各種試験及び検査ができる構造となつていることを確認したほか、④特に、一次冷却材圧力バウンダリ内のいかなる寸法の配管破断による冷却材喪失事故に対しても燃料被覆管の溶融を防止できるような設計となつているかどうかについては、厳しく考え、炉心の一次冷却水が喪失して燃料被覆管が高温状態になると金属―水反応が激しくなり、燃料被覆管の表面に酸化膜が形成され、それが長く続くと脆化が進み、ECCSによる注水により炉心が再び水につかつた状態(再冠水)になつた際、燃料被覆管が急速な温度低下に伴う収縮力に耐えきれず大きく破損することが考えられることにも着目して検討した結果、そのように破損することなく冷却可能な形状が維持できるなど、右のとおりの設計となつていることが確認され、これらを総合して、本件原子炉のECCSは所要の性能を発揮し得ると判断されたことが認められるのであり、この認定を左右するに足りる証拠はない。控訴人らは、本件安全審査においてECCSの性能評価に用いた解析モデルは机上の産物にすぎず実験による裏付けがないからその有効性は疑わしい旨主張するが、〈証拠〉に徴すると、右解析モデルは、実験によつて確証が得られていない点もあるけれども、工学上是認されている手法により、実験によつて十分確証が得られている点についてはその結果を踏まえ、確証が得られていない点については厳しい条件を設定して作成されたものであることが認められるので、不合理とはいえない。また、控訴人らは、二次冷却系の故障等により給水が停止すれば一次冷却材喪失事故が起こりその場合はECCSによる注水量が少なく炉心が溶融する旨主張するが、〈証拠〉によれば、本件原子炉は、二次冷却水の給水設備として、主給水ポンプのほか電動の補助給水ポンプ二台(電源は非常用電源設備からも供給できる。)及びタービン駆動の補助給水ポンプ一台が設けられ、故障や外部電源の喪失が生じたとしても、必要な二次冷却水を蒸気発生器に給水できるようになつていることが認められるので、二次冷却水の給水が完全に停止するようなことはまずないと考えられる。更に、控訴人らは、本件安全審査においては、一次冷却材喪失事故時に燃料被覆管に掛かる応力の影響を審査していない旨主張するが、〈証拠〉によれば、一次冷却材喪失事故を想定した場合の燃料被覆管の健全性を判断する方法には、燃料被覆管に掛かる応力と破裂や酸化の生じた燃料被覆管が耐え得る応力とを比較する方法と、燃料被覆管の最高温度と酸化による脆化の程度から燃料被覆管が十分な延性を有しているかどうかを判断する方法との二つがあるところ、本件安全審査においては、右の後者の方法によつて判断したことが認められる。

しかして、以上によれば、本件原子炉のECCSの有効性については、所定の基準に則つた審査・判断がなされており、それは、本件原子炉の安全性に本質的にかかわるような過誤・欠落があるものとは考えられず、不合理ではないというべきである。

第七  本件許可処分の違法性の問題について

この点に関する当裁判所の判断は、原判決理由第六の説示(Ce四四ページ一二行目から四六ページ七行目まで(一九一ページ四段三行目から一九二ページ二三行目まで))と同旨であるから、これを引用する。

第八  TM―事故について

一TMI事故が発生したこと、事故を起こしたTMI二号炉が出力九五万九〇〇〇キロワットで事故の約三か月前の昭和五三年一二月に運転を開始した(原子炉臨界は同年三月)加圧水型原子炉であることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、TMI事故の概要及び原因は次のとおりであることが認められる。

1事故概要

(一) 昭和五四年三月二八日午前四時頃、ほぼ全出力で運転中であつたTMI二号炉において、二次冷却系に設けられている主給水ポンプ二台が突然停止し、これに伴い、復水器を通過して水に戻つた二次冷却水の蒸気発生器への給水が停止し、主給水喪失の状態となつた。

(二) このため、主給水喪失時に蒸気発生器に給水し一次冷却系を除熱する目的で設けられていた非常用の補助給水ポンプがすべて自動的に起動したが、本来開けられているべき補助給水ポンプの出口側の弁が閉じられたまま運転していたことから、右の給水ができず除熱能力が急速に低下するに至つた(なお、右の弁が閉じられていたことは、TMI二号炉の運転に際し米国原子力規制委員会の許可を受けた技術仕様書に違反したものであり、運転員は、そのことを主給水ポンプ停止から約八分後に気付いて弁を開き、除熱能力は回復した。)。また、一次冷却系では、その温度、圧力が急速に上昇し、これを抑制する目的で設けられていた加圧器の逃し弁が作動して開いたが、圧力の上昇が続き、主給水ポンプ停止から約八秒後に原子炉が自動的に停止した。

(三) そして、加圧器逃し弁の開放と原子炉の停止により、一次冷却系の圧力が急速に低下し、逃し弁が閉止すべき圧力以下となつたが、逃し弁は開放状態のまま固着して閉止しなかつた(運転員はこれに気付かなかつた)ため、大量の一次冷却水が逃し弁から原子炉格納容器内に流出し続け、これに伴い、主給水ポンプ停止から約二分二秒後に、ECCSの一つである高圧注入系が自動的に起動し、原子炉内への冷却水の注入が開始されて炉心の冷却が確保できる状態となつた。

(四) ところが、運転員は、ECCSによる冷却水の注入によつて加圧器が満水となつて圧力制御が困難になるおそれがあると判断し、注入開始から僅か約二分三〇秒後に、手動操作によつて二系統の高圧注入系のうち一系統を停止し他の一系統の流量を絞つた。そして、原子炉停止、逃し弁の開放固着に伴う一次冷却系の圧力の低下により、一次冷却水が沸騰する圧力(飽和圧力)に達し、一次冷却系内に蒸気泡が発生して、一次冷却水が加圧器に押し上げられ、加圧器水位計の表示が高い値を示す状態を呈したため、運転員は、実際は一次冷却水が十分確保されていなかつたのに、それが確保されているものと判断し、高圧注入系の停止、流量の絞りを続けた。その結果、炉心の冷却に必要な一次冷却水が大幅に不足することとなり、主給水ポンプ停止から約一時間五〇分後に、燃料が一部蒸気中に露出して過熱状態となり、遂に、炉心損傷の事態に至つて大量の放射性物質が一次冷却水中に漏出した。

(五) その後は、主給水ポンプ停止から約二時間二〇分後に、運転員が加圧器逃し弁の開放固着に気付いてそれが閉じられたことにより一次冷却水の流出が止まり、同約三時間二〇分後以降、ECCSが手動により再起動されたことにより原子炉内に冷却水が注入されて炉心が再冠水し、同約一五時間五〇分後に、停止していた一次冷却材ポンプが再起動され一次冷却水の循環が再開されて一次冷却系の除熱が行われるようになり、安定した状態に向かい、やがて事故の収束に至つた。

(六) 右のとおり漏出した放射性物質は、大部分は原子炉格納容器内に閉じ込められたものの、運転員が原子炉格納容器の隔離操作を適切に行わなかつたことなどによつて、一部が環境へ放出されるに至り、その放出量は、放射性希ガスが約二五〇万キュリー、放射性よう素(よう素一三一)が約一五キュリーと推定されている。そして、右の放出はTMI発電所周辺住民に驚異を与え重大な社会問題となつたが、周辺住民の外部被曝線量は、事故が発生した三月二八日から四月一五日までの期間について個人の最大被曝線量が約七〇ミリレム、TMI発電所から半径約八〇キロメートル以内の住民約二一六万人の集団被曝線量が右期間における累積で約二〇〇〇人・レム(一人平均約一ミリレム)と推定され、なお、TMI発電所周辺住民七六〇人についての検査の結果では有意な内部被曝はないとみられていて、結果的にはさほどの大事には至らなかつた。

2事故原因

加圧器逃し弁の開放固着の発見が遅れたことやECCS(高圧注入系)を停止し或は絞つたこと等の運転操作の誤り及び設計の不備が事故原因であり、特に前者の原因性が大きい。

すなわち、運転員が早期に加圧器逃し弁の開放固着に気付き、その元弁を閉じておれば、一次冷却水の一次冷却系外への大量の流出は避けられ、炉心損傷の事態は招かず、また、ECCSを設計通りに機能させておれば、右の流出があつても、炉心損傷の事態には至らなかつたと考えられる。

そして、運転員が右の早期発見をし設計通り機能させることは、次のとおり可能であつた。

(一) 加圧器逃し弁が開いて一次冷却水が流出すると、同弁の出口配管の温度が上昇するが、そのことは出口配管に温度計が取り付けられその温度が中央制御室に表示されるようになつているので、その表示により、右の流出を認識できること(なお、TMI二号炉の緊急手順書によれば、右温度が華氏一三〇度を超えた場合には同弁の元弁を閉じることになつているが、事故の際にはその温度が華氏二〇〇度以上を表示しており、運転員は、そのことを前記のとおり逃し弁の開放固着に気付くかなり前に確認している。)、右のとおり流出した水は、いつたん、原子炉格納容器内の一次冷却材ドレンタンクに流入し、その流入により同ドレンタンクの水位、温度及び圧力が上昇するが、そのことは中央制御室に表示されるようになつているので、その表示により、右の流出を認識できること(なお、運転員は、右水位等の上昇を確認している。)、原子炉格納容器底部に設けられているサンプ(水留)の水位が上がることや、一次冷却材ドレンタンクのラプチャーディスクから一次冷却水が原子炉格納容器内に流出することによつて同容器内の温度及び圧力が上昇することも、中央制御室に表示されるようになつているので、このことからも、一次冷却水の流出を認識できること(なお、運転員は、この水位や温度等の上昇も確認している。)等に徴し、加圧器逃し弁の開放固着の早期発見は可能であつたといえる。

(二) 加圧器水位計が一次冷却系内の水量を適切に示すのは一次冷却水が沸騰していない正常状態にある場合に限られ、前記のような事故状態の下においては、加圧器水位計のみによつては、右水量は適確に把握できないこと、前記のような加圧器逃し弁の開放固着を窮わせる情況等から一次冷却水が大量に流出しLOCAが進行していることを認識できたというべきこと等に徴し、加圧器水位計の上昇のみを拠りどころとして一次冷却系が満水状態にあるものと判断したのは誤りであり、TMI二号炉の緊急手順書によれば、高圧注入ポンプに過大な流量が流れ同ポンプが破損することを防止するため以外には、高圧注入系を絞ることとはなつていないところからしても、ECCSは、停止等することなく、設計通りに機能させるべきであつたというべきである。

なお、以上の認定に牴触する証拠もあるが、TMI事故についての詳細な調査の結果等からして、以上の認定は動かし難いものと思料される。

二そこで、TMI事故の発生が本件安全審査の合理性を左右するものであるかどうかを考えてみるに、原子炉等規制法及び関係法令による発電用原子炉の安全確保のための規制は、既に述べたように、原子炉設置の許可、詳細かつ具体的な設置工事の計画についての認可、工事の工程ごとに行われる使用前検査、運転開始前における保安規定の認可など、順次段階的に行われることになつていて、原子炉設置許可の段階では、原子炉施設が基本的な点において安全性を確保できるような性能を備えた設計となつているかどうかを審査すべきものであるところ、TMI事故の原因の主たるものである運転操作の誤りは、要するに、右の性能を有する設計となつているのに、その性能を発揮させるために必要な措置がなされなかつたということであるから、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。

そして、設計の関係をみてみると、前掲証拠及び前記第五及び第六で判断したところを総合すれば、

1TMI二号炉及び本件原子炉においては、復水器と主給水ポンプとの間に、脱塩塔と再生塔から成る復水脱塩装置を設け、二次冷却水を脱塩塔内のイオン交換樹脂を通すことにより二次冷却水中の塩分等を取り除いている。このイオン交換樹脂は、使用を続けることによつて性能が低下するため、これを定期的に再生塔へ移送して再生操作を行つており、その移送には空気が使われているが、TMI二号炉では、右移送に用いられている空気と同一系統の空気を使用して、右装置の出口にある二次冷却水の流量を調整するための弁の制御をも行つていたものとみられ、その空気を送る配管内に右装置からの水分が混入したことによつて右の弁が閉じ、二次冷却水の流れが止まり、主給水ポンプが停止されたものと推測されている。しかるところ、本件原子炉の主給水系は、主給水ポンプ三台のうち二台で平常運転時の全給水量を確保し、その二台のうち一台が停止しても予備の一台が起動する設計となつており、また、二次冷却水の流量調整用の弁を制御するための空気は復水脱塩装置で用いられているものとは全く別系統から送られる設計となつている。

2TMI事故においては、補助給水ポンプが設計通りに起動したのに、前記のとおり弁を閉じたまま運転していたため、蒸気発生器へ注水することができなかつたが、本件原子炉は、三台のポンプから構成される補助給水系を設け、そのうち二台は非常用電源をもその電源とし、残る一台は蒸気発生器で発生した蒸気を取り出してタービン駆動させることにするなど、主給水が喪失しても補助給水系によつて十分給水が確保できるような設計となつている。

3TMI二号炉の蒸気発生器は、二次側の保有水量が少ない貫流型加熱式のものであるが、本件原子炉のそれは、二次側の保有水量の多い再循環型飽和式のものである。

4TMI二号炉は、主給水系による蒸気発生器への給水が喪失した場合でも、それのみによつては原子炉は停止せず、喪失による影響が一次冷却系にまで及び、その圧力が高くなつてはじめて原子炉が停止するような設計になつているが、本件原子炉は、右の給水喪失の場合、蒸気発生器二次側の水位が通常よりも低下しただけで原子炉が自動的に停止するような設計になつていて、一次冷却系を除熱する能力が確保されている。

5TMI二号炉の加圧器逃し弁は、構造が複雑な電磁式先駆弁方式のものであつて、それが故障して開放固着していたが、本件原子炉の加圧器逃し弁は、構造が簡単で作動の信頼性があり、かつ、その開閉の状態を直接的に検知しこれを中央制御室に正しく表示できる空気作動式のものであり、しかも、もし開放固着した場合でも電動により閉じることのできる元弁が設けられている。

以上のとおり認められるので、前記の事故経過等からしてTMI二号炉のECCSに有効性がなかつたわけではないことをもあわせ考えれば、TMI事故の原因の従たるものである設計の不備も、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものとはいい難い。

三控訴人らは、TMI事故が本件原子炉の安全性の欠如、本件安全審査の不合理性を示すものであるとして、るる主張するが、事故の経過、原因、安全審査のあり方等に照らし、また、被控訴人の反論するところに徴して、たやすく採用できない。

第九  結語

以上の次第であつて、本件許可処分は適法とみざるを得ないものであるから、その取消しを求める控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮本勝美 山脇正道 礒尾正)

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